パーキン Parkin            

『パーキン』はオーツ麦(燕麦)とたっぷりの糖蜜:トリークル 、そしてジンジャーパウダーなどのスパイスに、少量の卵とバター(伝統的にはラード)を加えて作られるジンジャーブレッド で、その起源は明らかではありませんが、気候が冷涼で小麦が育たず、オーツ麦の栽培がさかんなイギリス 北部地域を中心に作られてきました。

地域で採れるオーツ麦を挽いて、蜂蜜と合わせてこね、乾燥させたり、焼いて作られていたパンケーキに、ジンジャーパウダーをはじめとするスパイスが加えられ、18世紀後半から19世紀かけて、砂糖の精製途中で作られる糖蜜:トリークルが普及すると蜂蜜に代わりトリークル が使われるようになって現代のレシピになりました。

ヨークシャーやランカシャーではパウンド型に焼かれることが多く、スコットランドではビスケットタイプや薄焼きパンケーキタイプが主流と、地方により様々なスタイルが存在し、家庭にも代々伝わるレシピがあるのですが、材料「オーツ麦」に「トリークル」そして「ジンジャーパウダー」は共通で、それこそが『パーキン』というわけです。

この「パーキンParkinまたはPerkin」はヨークシャーによくある名「Peterピーター」さんの愛称であることからも、古くから地域の人々に愛されて、身近にあるお菓子だったことがうかがえます。

「美味しいパーキン はフレッシュオーツで作られる」の言葉があるように、オーツ麦が収穫される11月初旬を待ってよく作られ、キリスト教の行事や収穫祭などと結びついてお祭り菓子としても人気を集めてきました。次第にイギリス全土で知られるようになり、今では11月5日の『Guy Fawkes Day ガイフォークスディ』のお菓子として定着しています。

「美味しいパーキン はフレッシュオートミールで」! 

19世紀初頭まで、貧しい農家にはオーブンがありませんでしたから、その調理法は…炉端に置いた平たい石=「ベイクドストーン」の上に水で溶いたオーツ麦(オートミール)にスパイスも加えた生地をおいて加熱する…というもの。直火に「グリドル」と呼ばれる金属板を置き、その上で焼かれることもありました。

余談になりますが、海を隔てたフランスブルターニュでは土地がやせている上に霧や雨が多く日照時間が短いこともあって小麦が採れず蕎麦を栽培していました。その蕎麦粉を水で溶いた生地をベイクドストーンやグリドルの上で薄く焼いたものが『ガレット』で、長い間パンに代わる庶民の主食でした。ガレットは次第に他の地方にも伝って、そば粉を小麦に代えて同様に作られたものが『クレープ』です。

イギリス 北西部に位置する湖水地方に暮らしたワーズワースの妹ドロシーは1800年『グラスミア 日記』の中で〝I was baking bread, dinner, and parkins.”パーキン を焼いたと記録しています。

またドロシーは同じキッチンでジンジャーブレッドも焼いています。

“The next day the woman came just when we were baking and gingerbread…”(1803年1月の日記より)

グラスミア にはワーズワース兄妹が暮らした家『ダブコテージ』が保存公開されています。当時としてはゆとりのある暮らしぶりで、暖炉を兼ねる直火レンジは火床の上に台が付いていて、その上で湯沸かしや調理ができ、右側にはオーブンが備わっており…開いた扉の中の棚にパン生地を入れると、暖炉の余熱でパンが焼けるという仕組みです。愛兄家だったドロシーが『パーキン 』や『ジンジャーブレッド 』を焼くと、石造りのコテージは甘くスパイシーな香りに充たされて、 暖炉の脇のテーブルでティータイムを楽しむ兄妹の姿が浮かびます…

 ブラックトリークル も欠かせません!                           

山川詳説世界史図録

『パーキン』は「オーツ麦(オートミール)」と「スパイス」そして濃厚でビター風味の「ブラックトリークル 」を使って作られることで、その個性が発揮されるジンジャーブレッドですが、イギリス独特の砂糖シロップ『ブラックトリークル』 を作り出す製糖法はといいますと…

☆イギリスの砂糖事情

サトウキビから砂糖を精製する過程は、先ずサトウキビを絞り、その絞り汁を煮詰めて、『粗糖』と『廃糖蜜』に分けます。

『粗糖』からは遠心分離にかける等の精製作業を経て、各種「砂糖」が作られます。

『廃糖蜜』は製糖を進める過程でとれる粘状で黒褐色の液体です。

その40~60%が糖分で、その他ミネラルやビタミンなどサトウキビに含まれていた栄養素や旨み成分が残っているため、独特の香りや風味があります。「雑味やクセがある」と表現されることもありますが、それを活かして作られるメニューの1つが『パーキン 』です。

*「廃糖蜜」…イギリスでは「トリークル 」または「モラセス 」と呼ばれ、アメリカでは「モラセス 」と呼ばれます。

廃糖蜜は以下の工程を経て3つのタイプに仕上げられます

① ライトトリークル  若い廃糖蜜を1回煮沸…色が薄く、最も甘くてマイルド

② ダークトリークル  若い廃糖蜜を2回煮沸…甘さが控えめでコクと風味がある。

③ ブラックトリークル 熟成させた廃糖蜜を3回煮沸…最も濃厚で黒く、甘味度は低く、ビターな風味

パーキンはじめスパイス菓子に好んで使われるのがトリークルの加工シロップです。イギリスで長い歴史をもち、圧倒的シェアをもつのが『Tatr & Lyle テイト&ライル社』のシュガーシロップ…1883年から変わっていないという「死んだライオンとそれに群がる蜂」の商標デザインはインパクトがありますね…

『ゴールデンシロップ』は、トリークル を調整して使いやすくしたもの。

ショ糖と転化糖(ブドウ糖、果糖)を約半分ずつ含み、クセがなく、素朴で、どこか懐かしい甘味でイギリスの家庭で100年前から愛されています。日本国内でも通販他で入手可能です。

『ブラックトリークル 』の黒い色独特の濃厚な風味としっとり感は黒蜜に似ており、さらにえぐみを強くしたような味と香り…イギリスではトフィーやパーキン をはじめとしたジンジャーブレッド に欠かせません。

輸入代行で手に入れることができますが、アメリカのメーカーが出しているモラセスで代用できます。「ブレアラビットモラセスシロップ フルドフレーバー」…通販などで入手可

(左)『ゴールデンシロップ』、(右)『ブラックトリークル 』、(左)ブレアラビットモラセスシロップ フルドフレーバー

* 1745年ドイツで甜菜(サトウダイコン)から砂糖を精製する技術が確立されて以来、ヨーロッパ大陸では自国や近隣諸国で栽培可能な甜菜を原料とした甜菜糖使用が主流になっていったのに対し、イギリスは伝統的にかつてプランテーション経営をしてサトウキビを栽培した西インド諸島やアメリカ大陸からサトウキビ糖を輸入し、精糖した砂糖が使われています。

 *「トリークル treacle」は元来解毒、鎮痛などの薬効がある調合剤をさす言葉でしたが、100年ほど前 元の意味では使われなくなり、イギリス各地にある霊水が湧くとされる井戸をさす言葉『treacle well』:「癒しの井戸」に本来の意味あいが残っています。