ユールとクリスマス

遠い昔の人々にとって、冬至に向かい、日に日に暗闇が長くなり、寒さが厳しくなる頃の闇の深さはどれほど恐ろしいものだったでしょう。北ヨーロッパの地で暮らす人々が、吹き荒れる雪嵐に怯えながらその激しく厳しい自然現象を神話の神オーディンやトールが天空で繰り広げる狩猟にイメージを重ねたのが『ワイルドハントWild Huntです。

ドイツでは『Wild Jagd(猛々しい狩り)』『Wildes Heer(猛々しい軍)』と呼ばれ、ゲルマンの人々の間で9世紀頃から14世紀にかけて信じられていた伝承です。

オーディンが8本足の軍馬スレイプニルに跨り狩猟道具を携えて天に駆け出すと、雷鳴が轟き、風がおこり、やがて耳をつんざくような音へと変わる。それに従う悪魔や精霊の馬の蹄の音や亡霊たちが吹きならす狩の角笛の音も加わり、犬たちも吠え声を上げながら空や大地を移動していく…

狩猟団を連れて空を駆けるワイルドハント ルドルフ・フリードリッヒ・オーガスト・ヘンネベルク作 1856年 ↓

 

猟師たちは死と関わる妖精、亡霊や精霊、悪魔などで、この狩猟団を目にすることは、戦争や疫病といった大きな災いを呼び込むと考えられ、目撃した者は死を免れない。ましてや狩猟団を妨害したり、追いかけたりした者は、彼らにさらわれて冥土へ連れていかれ、彼らの仲間に加わる夢を見ると魂が肉体から引き離される…と恐れられていましたから、人々はワイルドハントが過ぎ去るまで家に閉じこもって過ごしたといいます。

自然現象が科学的に解明される以前のこと…寒さが厳しく、暗闇に包まれる時期の雪嵐を、死や嵐を司る神オーディン軍団の襲来に重ねて怖れていたのも、もっともな気がします。

冬至前夜のプレゼント

大人たちを震え上がらせるワイルドハントですが、古代のゲルマンの子供たちは冬至の前の夜 オーディンがまたがる8本足の愛馬スレイプニルのために、飼い葉と氷砂糖を入れたブーツを暖炉のそばに置いて寝りについたといいます。すると深夜オーディンが立ち寄り、ブーツの中に贈り物を置いていってくれる空想を膨らませ、翌朝を待ちわびながら幸せな夢をみる。

闇が最も長い冬至の夜は楽しみが待っている希望や再生につながる夜でもありました。

ゲルマンの人たちの自然への畏敬の念と親愛の気持ちを感じる昔語りですが、その後の長い時の経過の中で、キリスト教化にともないオーディンはセント・ニコラウスそしてサンタクロースとなり、スレイプニルは8頭のトナカイに姿を変えていきました。

北欧神話では冬至に向かう時期は現世と霊界の壁が薄くなり、10月31日はその壁のとびらが開く日

太陽の光が弱くなる12月は、地面の下に眠る霊たちがこの世によみがえってくる季節と考えられ、再び、太陽が戻らなければ、この世は死霊にあふれ、すべての生命が絶えてしまう・・・ワイルドハントもこの頃から始まると考えられました。

人々は、暗闇や寒さと戦う太陽を力づけようと丸太や薪に火を放って再生を祈り、炎に魔除けの願をかけました。そしてその火を絶やさないよう守りながら神話の神オーディンやトールに生贄として人身、雄豚やビールを捧げたのです。人身御供の風習は10世紀頃まで続いたと伝わります。

冬至のお祭り『ユール』

中世にはいると、冬至を界に再び力を増す太陽を神聖で貴重なものと崇めて、冬至の日から新な年が始まると考えるようになります。

冬至をはさんで親族や集落の人々が集まり丸太を積み上げ火を焚いて炎を囲みながら太陽の再生を祝いました。神話の神オーディンやフレイに雄豚やビール、蜂蜜酒、蜂蜜ケーキを捧げ、前年の収穫と一年の無事を感謝し、来る年の豊穣と家内安全を願う… その宴席には亡くなった人の霊も参加すると信じられていました。

『ボンファイヤー』と『ユールログ』

それが終われば焚き火を囲んで歌って踊り、神への供物とした豚を食べ、ビールを飲んで、火を絶やすことなく宴会は連日続きました。この冬至のお祭りが『ユール』です。そして、焚き火『ボーンファイア』は暗闇や寒さと戦う太陽の象徴とされ、祭りは冬至から年明けまで続きました

そこで燃やす丸太を『ユールログ』と呼び、その薪には魔力があり、燃える火は太陽の輝きを助けるとともに、悪霊や悪魔から家族を守ってくれる。反面この火の影に頭が映らなければ、その年のうちに死ぬともいわれ、畏敬の念をもたれていたのです。

10世紀になると北欧諸国もキリスト教化が進みます。12月25日がクリスマスと定められると、太陽を崇め、祖先の霊を迎えるユールの季節は、キリストの降誕を祝う季節におきかえられました。とはいえユールの伝統が消えてしまうことはなく、冬至の夜焚かれたボンファイヤーはクリスマスの朝に点火されるとになり、翌年1月6日の公現祭の日まで燃やし続けられるように変わっていったのです。

そして『ユール』はその意味を変えてクリスマスを指す言葉として生き続け、クリスマスに家族で囲むテーブルにはかつて生贄とされた豚肉のハムがメインディッシュとして用意されるのが恒例です。

*キリスト教の布教が進んでも、人々は依然として先祖伝来の民間信仰の神々を敬い、その信仰に伴う生活習慣も根強く残っていました。ユールの祝祭もその一つです。新約聖書にはイエス・キリストは馬小屋で生まれたとありますが、その誕生日を明示する記載はありません。そこで西暦350年頃 教会は教皇や司祭たちで協議の結果「12月24から25日をイエス・キリストの降誕を祝うクリスマスとし、教会で厳粛にミサを行う…」と定めたのでした。その結果クリスマスは定着し、キリスト教の一大行事となりました。それに伴い同時期に行われていた『ユール』は昔の冬至祭となりましたが、北欧を中心に人々は今でもクリスマスを「ユール」と呼び、古くから続く信仰や生活習慣も依然大切にされているのです。

ユール・ボード Julbord 

クリスマスを祝う料理を並べたテーブルを「JULBOAD(ユールボード)」と言います 直訳すると「クリスマステーブル」

北欧ではユールには祖先の霊が帰ってくると考えられていましたから、故人の好んだ料理を作って並べ、馬の手綱を解いて故人の霊が乗れるようにして迎えていました。ユールの時期に祖霊へのご馳走を怠るとワイルドハントに連れ去られると信じられていましたから、手を抜くなんてもっての外!

 

ポインセチアやヒイラギ、ヤドリ木など、冬でも元気な植物で家を飾り、先祖の霊を迎え、神話の神々そして身近にいると信じられていた小人の妖精たちのためにも料理を用意して家族そろって食卓を囲むのが習わしとなっています。

フィンランドでは今でもイブの夕刻に墓参に出かけ、献火して、墳墓に料理をお供えする習慣が続いているそうです。

*公現祭:東方の三博士が、流れ星に導かれてベツレヘムに到着し、馬小屋のわらの中に寝かされているイエス・キリストの誕生を確認し、祝福した日(1月6日)が『公現日Epiphany エピファニー』 その日を祝うのが『公現祭』です。イエス・キリストがはじめて他者(異邦人)と会ったことで、神を信じるすべての人々にあまねく神の教えが伝えられた大切な日とされ、キリストの降誕の祝賀は降誕日12月25日から公現日1月6日までの期間とされています。

料理は1月6日の公現節まで連日用意され、それをおこたるとクリスマスの幸せが出て行ってしまうとされています。

そして1月7日にはドアや窓をあけて「ユールよ、出て行け!」と壁を叩きながら叫ぶ

現在でも北欧やドイツのクリスマスのユール・ボードのテーブルは、ご先祖様たちが神々に豚を捧げていた伝統を受け継ぎ、『豚肉のハム』がメインディッシュで、スウェーデンでは『ユール・シンカ』、ノルウェーは『ユールグリス』、フィンランドでは『ヨウル キンックKinkku" 』と呼ばれています。

ユールは『クリスマス』そしてシンカは『豚のお尻』です。

作り方はいたって簡単 でも、仕上がりは美味しく華やか!

塩漬けされた豚もも肉の塊を低温を保ちながら加熱(オーブンを120℃設定にして2時間)…その後 いったん取り出して肉の表面にマスタードをぬり、パン粉をふりかけて再度オーブン庫内へ…今度は高温で表面に美味しそうな焼き色がつくまで焼き上げる!というもの

低温加熱はボイルすることも可能です。その場合湯温を65℃ほどに保って30分が目安!

薄くスライスしてりんごジャムをつけて食べるのが定番です。

幸せを呼ぶ豚

現代 豚は畜舎に囲い込んで飼育されるのが一般的ですが、欧州全土が森に覆われていた頃、豚は村を取り囲む森の中で放し飼いにされていました。

ブタさんたち 秋の間木の実をたっぷり食べて肥え太ります。そんな豚を初冬に捕らえて、屠畜して料理するのがヨーロッパの中北部の風物詩でした。木の実には精霊が宿っているとされていましたからドングリやミズナラといった木の実を食べて太る豚は豊かな森の恵みの象徴です。多産で貴重な食料である豚は繁栄と豊穣のシンボル:聖獣とされ、豊穣を司る神にも生贄として捧げられたのです。

ユール・ボードのテーブルの主役は豚のハム…とはいえ、全ての家庭で豚の塊肉を用意できるわけではありません。貧しい人たちは代わりに豚を形どったパンを作ったといわれています。今でもユールの時期になるとパン屋さんには豚モチーフのクッキーが飾られます。そして各家庭で焼くスパイスたっぷりのクッキーにも豚さんモチーフは欠かせません。

ドイツの人たちは「ラッキー~」運が良いと、「Icn habe Schwein gehabt.」=「豚を手に入れた!」といいます。それほどに豚は幸運の象徴…さらにクローバーや、てんとう虫も一緒だとよりパワーがUPすると信じられてコレクターが多いそう

(左)ミュンヘンのデパートのショウウィンドウに飾られたシュタイフベア四つ葉のクローバーをくわえたピンクのブタさんを抱いています💕

(右)同じくミュンヘンにて ピンクのマジパン製ブタちゃん