聖ヤコブ財団 Stiftung St. Jakob を訪ねて…   Tirggel製造現場レポート

ヨーロッパ各地で多彩な姿で作り継がれるジンジャーブレッドの中でも、ひときわ繊細で美しく上品な『ティルゲル』は、小麦粉・蜂蜜・(スパイス)をこねて作る生地を木型に圧してレリーフを浮かび上がらせる製法をかたくなに守り続けて600年… そこに描かれるレリーフに時代を映しながらチューリッヒと共に歩んできた郷土菓子です。

ところが、近年伝統を守り、手作りするべイカリーが減り続け、レシピと技の継承が危うくなる事態に陥ってしまいます。

2014年最後に残ったベイカー ハインリヒ・オネゲル氏が引退を決意し、店を閉めざるを得なくなった時 オネゲル氏は「自身の廃業は600年の歴史をもつ食の遺産の危機である」として、聖ヤコブ財団に技術の継承と約200個の木型の寄贈をもちかけました。

障害者支援団体としてパンやお菓子の製造を手掛けていたヤコブ財団はこれを受け、ティルゲルの伝統継承を決意します。ペストリーショップの責任者ウルス氏を含む3人がオネゲル氏の見習いとして4ヶ月かけてティルゲル作りを習得し、シュタウッファーにあった財団のベイカリー部門で生産を再開させると、オネゲル氏は肩越しに作業を見守り、「私たちがなくなった後もティルゲルが繁栄し続けることは、私たちにとって非常に重要でした。」「そして、私たちはそれを達成したと感じています。」との言葉を残されたそう。

さて、 ここで聖ヤコブ財団の活動についてご紹介しておきましょう。こちらは障害を持つ人たちに、社会的な環境の中で職業訓練を行い、職業を持つ場を提供することを目的として運営されています。

現在の事業の内容はTirggelを含む食品の製造販売、喫茶やレストラン運営などの食に関わる事業が半分弱 それ以外はサービス業:デジタル、電気関係、建物や庭のメインテナンスの分野、企業の清掃部門などで、様々な社会福祉活動をビジネス化し、若者の社会参加を支援するために、独自の職業訓練プログラムを用意して、多くの実習生を受け入れているとのことです。

2018年 聖ヤコブ財団はヴィアドゥクト通りに新設された財団の新しい商業センター内にティルゲル ベーカリーをオープンさせました。こちらが財団の本部です。

こちらでは600名ほどの従業員が働いていて、その中の470名は 障害のある方

事業の一部でもあるカフェやショップは1階 食品製造は地階で行われており、他にもショップと喫茶を併設したショップを6店舗営業しています。

訪問したのは2023年12月15日 店内に入るとすぐのコーナーにクリスマス菓子が並べられ、『ティルゲルのお菓子の家』が目に飛び込んできた途端 私はときめきmaxに…! その左手にショップとカフェが配置されて、モーニングやお茶を楽しむ人たちで賑わっていました。

ではここで、改めてティルゲル製造部門長の Urs Jäckle ウルス ジャックさん をご紹介しましょう

彼はスイス連邦政府認定の資格をもつパン職人および菓子職人

2004年から聖ヤコブ財団で働き、2014年財団がティルゲル継承を請け負う決断をした当時ペストリーショップの責任者でした。彼はインタビューに答えて「歴史的にも由緒あるティルゲルを継承すること、そしてその作業を障害のある人たちと進めることに意義がある」と語っています。彼自らオネゲル氏のもとでティルゲル作りの修行を経て、以後製造部門のチーフとして ティルゲル作りの先頭にたっています。人呼んで『ティルゲルの名匠』 

「ティルゲル作りの現場が見たい」私の希望を受けて、ガイドさんが連絡を入れてくださると、翌日には「是非いらっしゃい!」嬉しい返答をくださいました。

 スイスではメディアにも頻出するご活躍のうえ、訪問時期はティルゲル生産の最も忙しいクリスマス期…にもかかわらずのwelcom 以下 感謝 感謝の取材記です。

みんなが一生懸命 そして みんなが楽しそうな温か~い現場の雰囲気も合わせてお伝えできますように…

広報の女性スタッフに案内していていただき、聖ヤコブ財団本社地階のキッチンへむかいます。 ガラス戸越しにキッチン内部を写したのが右の写真です。

手の消毒を済ませ、ヘッドキャップと防塵エプロンもつけて、いざ!入場 「おじゃまします。」「作業の様子を見学させてください。」…広く明るい作業場でティルゲルが天塩にかけて作られていました。

それでは順を追って作業行程をお伝えします。

1) 蜂蜜と水を混ぜ合わせた蜂蜜溶液を容器に注ぎ入れ、

2)小麦粉も入れたら、スイッチON ! 捏ねの作業が始まります。 マシンを使いながらも、30分に1回のペースでヘラを使って手際良く混ぜ込んで、出来上がった生地は一晩ねかせて、小麦粉と蜂蜜を馴染ませます。↓

3)翌朝生地を計量しながら四角い箱型に成形

4)マシンにかけて2mmの厚さにのばします。5cmほどの厚みがある四角い生地がベルトコンベアでマシンの中に吸い込まれると、伸ばされて出てくる。それを何回か繰り返すと2mm厚達成!です。

5)型抜きして… ↓

6)木型には刷毛でサンフラワーオイルを念入りに塗って…

7)ローラーにかけて圧着

8)仕上げはやはり手作業で! 指の腹を使って生地を彫りの繊細なくぼみに馴染ませます。↓

9)は~い 型押しの完成です。 レリーフが浮き上がって美しい!

10)周りにはみ出た生地を切り落として、 スッキリ!

この時のはみ出生地は再度製造過程に戻すのだそう。何一つ捨てないようにしているのですね。ただし、切り落とした生地は大きな型のティアゲルには使われず、コンフェティと呼ばれる3mm×4mmほどの小さなティアゲルに生まれ変わります。↓

11)刷毛などで、生地についている粉を落としたら、この後、またもや一晩生地を寝かせます。この間生地が室温によって伸びて広がるのを防ぐため、左右に置かれた扇風機を一晩中回りっぱなしにして万全の態勢に…

12)生地を作り始めてから3日目 400℃に予熱したオーブンで90秒焼いたら完成です。↓

私もお菓子作り歴が長くなっていますが、通常の焼き温はせいぜい220℃まで

さらにティルゲルは上火のみで焼き上げるのだそうです! よって上面はこんがりと黄金色ながら、裏面は真っ白 繊細な仕上がりにはこだわりがいっぱい! 驚きの仕上げ工程でした。

精一杯見聞きした情報をお届けしてみましたが、実況中継に勝るものはありませんね。

Stiftung St. Jakobオリジナルのビデオを合わせてご覧になってみてください。

Module 型  よく使うものは工房に置かれており、保管庫のものも含めれば、600種類以上はあるだろうとのことで、それこそ貴重な文化財ですよね。

昔は木製の型が当たり前でしたが、今はそれにこだわらず、コスパのよい材質を使うこともあるそうで、オーダーして新たに作られたという型は、3D を駆使して昔の彫りを忠実に再現したプラスチック製でした。彫師さんが少なくなっていることも関係しているようで、なるほど…。

オリジナルデザインのティルゲルを作ってくれるサービスもあり、

名刺サイズ、ポストカードとサイズを選び、名前や住所の刻印にも対応しているとのこと。

ティルゲルは「食べられる芸術品」に加え、「食べられるコミュニケーションツール」としても継承されているのですね …    

1年で最も忙しい時期にうかがった私たち(ガイドさんと私)を工房に迎え入れてくださったウルスさん。1時間の約束が気がつけば2時間に!そんな中 彼は常にティルゲル作りの作業を進めながら、笑顔でお話しを添えてくださり、さらに女性スタッフKatrinさんがつききりでアシストしてくだっさって、ありがたく充実の取材となりました。

温かく和やかな雰囲気の中 障害のある方も含めて作業を進めているみんなが楽しげで、手元を覗き込む私に笑顔を向けてくれるのです。そしてハンディを持つ若い女性がKatrinさんに「私たちに自分の担当するお菓子を食べて欲しい」と申し出てくれたことで… ケーキの試食まで実現して こんなやりとりの全てが、口の中においておくと、じんわり蜂蜜が溶け出してくる味わい深いティルゲルに重なる至福の時間となりました

伝統を伝える強い意志とそれを楽しく実現する現場に支えられて、品格のある美しいティルゲルはこれからも時代を超えてチューリッヒの人たちの宝物として大切にされていくことを確信して建物を後にしたのです…。

おまけのご紹介を… というより、見ていただきたい!

聖ヤコブ財団の建物に入ってすぐ目に飛び込んできたティルゲルのお菓子の家 ウルスさん自ら作られたのだそうです。どの角度から見ても繊細なモチーフが美しく、これはもう芸術品 … 永久保存にしてくださ〜い。

そして「障害があっても立派なバニーだよ!」3つ耳のイースターバニーは今にも動き出しそうに茶目っ気たっぷり^_^

清楚だけれど、華があるティルゲルが飾られたクリスマスツリーも素敵でした。