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日本の辛子🇯🇵

辛子の歩み…

弥生時代 中国からブラウンマスタード「和からし」の種が渡来します。

現代雑草化して河原の土手などで、菜の花そっくりの黄色い花を咲かせている『からし菜』その種はブラウンマスタードですから、2000年の時を経て日本の風土に順応し、次第に浸透して…春の野原の景色の1つになっているのです。

奈良時代にはすでに栽培され、その「葉」が薬用に、また朝廷や貴族の食卓で調味料や薬味として使われました。現代でも春先 菜の花の葉は「菜花の葉」、からしの葉は「からし菜」の名で店頭に並びますね。「からし菜」をおひたしにして食すると、種ほどではありませんが、からしを連想させる辛味と香りがありますから、その葉が奈良時代 朝廷や貴族の食卓で薬味として重宝されたのもうなずけるところです。この頃の調理で香辛料として使われていたのは日本原産の「山椒」と「わさび」そして渡来した「からしの葉」くらい。貴重品だったのでしょう。正倉院に信濃の国のからしの種が納められています。

同時期遣唐使として中国に渡った僧や来朝したインドのバラモン僧らが 丁子(クローブ)、胡椒、桂皮(シナモン)などの香辛料も持ち込んでいますが、それらはあくまでも薬:漢方薬として扱われ、天皇が崩御されると、こちらもお宝として正倉院に納められたのです。

平安初期の書物「延喜式」の中に租税作物として「芥子」の名がみられ、『古事記』『本草和平名』『和名抄』にも記載があります。

室町時代になると、芥子の「種」をすりつぶして香辛料として使うようになり、庶民にも広まります。そしてこの頃 大豆の生産量が増えたことで農民たちは自家製の味噌を作るようになりました。味噌が浸透したことを背景に、味噌と芥子を和えた『芥子味噌』や、酢と芥子を和えた『芥子酢』といった合わせ調味料も生まれます。 生魚を細く切って酢や芥子酢で調味をする現代の鱠(なます)に近いものが生まれたのもこの頃です。

江戸時代中期 千葉の野田や銚子などが関東の醤油製造の中心地となり、江戸の人々の嗜好に合わせた濃口醤油が作られるようになると、それは爆発的に関東地方に広がっていきました。

それに続き「濃口醤油は鮮魚の生臭さを消してくれる」と、庶民が生魚を食す機会が増え、空前の刺身フィーバーが巻き起こります。『刺身』のネタは江戸前(現在の東京湾)で獲れる新鮮な魚介類 鰹、鮪、鯛、鮃、さらにエビ、カニ、アワビ、ホタテとことかきませんでしたから、それらに登場したばかりの濃口醤油や酢、他にも芥子味噌・わさび醤油・大根おろし・辛子・煎り酒などをつけて、おいしくグルメに食していたようです。

(左)『当世娘評判記』三代歌川豊国画 国立国会図書館所蔵

 女性の手前にすだれを乗せ、そこに刺身と「つま」や「けん」が盛り付けられた大皿が見えます。

(右)『料理をする母娘』喜多川歌麿画 刺身(鰹)の大皿とつまの大根を下ろす娘とそれを見守る母が描かれています。

なかでも江戸っ子が熱愛した鰹には 芥子 が欠かせなかったようで、それは元禄期の川柳に「初鰹 芥子がなくて 涙かな」「梅に鶯 鰹には 芥子なり」と、詠われているところからも分かります。鰹は辛子を薬味に、辛子味噌や辛子酢、辛子醤油などで食べていた…まさに鰹には芥子ずくしでありました!

『江戸自慢三十六興』「日本橋初鰹」三代歌川豊国 、二代歌川広重 画

遠くに富士山をのぞみ、江戸の象徴である日本橋が描かれて、手前には生きの良い鰹を1本持った女性…「江戸自慢」を描いた作品です。「たが(輪)まわし」をして遊ぶ子どもに「これから鰹をおろすから帰っておいで」なんて声をかけているのでしょうか…

現代日本のからし事情

現代日本でおなじみの「からし」には、『粉がらし』『練りがらし』の2タイプがあります。

『粉がらし』

粉末タイプ=ブラウンマスタードをあく抜きしてから圧搾脱脂し、乾燥させて粉砕した粉末です。水分を加えて練ることで辛味と香りが生まれますが、辛み成分(アリール芥子油)は空気触れていると揮発してしまうので、食前に微温湯(40℃)で溶き、よく練って用いると酵素が働き、辛みが冴えます。ツンとした辛みが強烈 おでんやからし和えに使われます。

『練りがらし』

「和風練りがらし」は和辛子:「ブラウンマスタード」のみで作られており、辛味が強烈ですから、おでんや辛子和えに… *パッケージに「和風…」と記されている商品は辛味が強い傾向にありますから、商品を選ばれる際の基準にしてください。

「本からし」「洋からし」は「ブラウンマスタード」と「イエローマスタード」を併用しているため、辛みはいくぶんマイルドです。

*揮発しやすい辛みを維持し充填しやすくるすため、食塩や植物油等調味料や香辛料抽出物等を配合するなど工夫をしています。

ヨーロッパ におけるマスタードの歴史

ギリシャの数学者ピタゴラス(紀元前約530年)は、「マスタードはサソリによる刺傷に中和剤として使うと有効」と述べており、この頃すでにその抗菌・殺菌作用を知って使っていたことがうかがえます。

新約聖書にも…マスタードが登場する記述が数カ所みられます。

キリストの時代、マスタード種子は種子の内でも最も小さいものの一つだったことから、キリストが「もしマスタードシード一粒ほどの信仰があれば、不可能な事はない」と信仰の力を語って以来、不滅のものに…。

紀元1世紀 ローマ人の作家プリニーが書いた「博物学史」の中では、マスタードは、「火傷の外科用薬として使うと良い」とされ、他に、ヒステリーや、蛇の噛まれ傷、ペスト等の万能薬として40の治療法が紹介されています。また、肉を食べる時にマスタードの粒も一緒に食べていた」という記録も残されています。

マスタードの栽培は、ローマ人が侵攻して属州としたガリヤ地方(現在の北イタリア~フランス全域〜南ドイツ、ベルギー、オランダ地域)やイギリスにも普及していきます。その後アラビア人によりスペインにも広がって、中世ヨーロッパでマスタードは庶民の料理に使われる唯一のスパイスとして重用され、練りマスタードの作り方が確立されていきます。

フランスのマスタード🇫🇷

4世紀 ローマ人が去った後のフランスでは、マスタードは修道院の畑で栽培され、9世紀にもなると大切な収入源にもなっていました。マスタードという言葉の語源は、若い未発酵のワイン:「Mosto マスト」で、それにマスタードの種子をすり潰して漬け込み、調味料として販売していたことからの呼称です。

13世紀 ディジョンでマスタードの外皮を取り除き、すりつぶしてからワインやワインビネガーに漬けて作るマスタードペーストが開発されると、町工場でマスタードを石臼で挽き、ブドウの果汁でのばしたペーストが作られるようになりました。

ディジョンはマスタードの栽培に適していたことに合わせ、良質なワインの産地 ブルゴーニュ地方に位置していたため、ブドウの酸味果汁(当時のワインビネガー)を豊富に利用できたことも有利でした。マスタード生産地として順調に発展を続け、1853年 マスタード種子の外皮処理の自動機械化に成功したことで、価格を低く抑えつつ、大量生産が可能になり、さらに商業的な成功へ向かい、フランスで流通するマスタードの80%量を生産する一大産地となっています

現代のフレンチマスタード

美味しいワインの産地では、そのワインをもとに美味しいワインビネガーが造られ、それを使ってマスタードが造られてきました。「美味しいワインの産地には 美味しいマスタードあり!」なのです。

*上述のように、ディジョンマスタードは、ブルゴーニュ地方ディジョンで生まれ、今なお伝統のレシピに則って作られています。ブラウンマスタードを使い、種子の外皮を除いてすりつぶし、白ワインやワインビネガー、塩、その他スパイスを加えて作られるため、クリーミィーで独特の芳醇な風味をもち、その製品は世界で愛されるまでになっています。マイユ 、ペルシュロン、ファロ は日本にも輸入され、お馴染みです。

マイユ Maille

創業1747年 ヨーロッパの王侯貴族に愛されて現代に至る老舗  世界中に輸出され、日本でもクリーミィーで独特の芳香が好まれ、全国のスーパーに浸透しているお馴染みのブランドです。パリに旅行されましたら、マドレーヌ広場に面した本店で注文ごとにポンプから専用の可愛い陶器のポットに注がれる各種「フレッシュ・マスタード」のご試食を。なるほどフレッシュ!が実感できてお勧めです。

ペルシュロン PERCHERON

ベルシー近郊で1927年、ペルシュロン兄弟がビネガー工場を創設したのが始まりです。辛みはまろやかで、塩分も控えめなこともあり酸味が目立ち、食感はふわっと空気を含んだクリームのよう…なめらかで柔らかい舌触りが魅力です。

ファロ  FALLOT

ワインの産地として名高いブルゴーニュ地方のボーヌにて、1840年に創業されたメーカーです。伝統的な石臼挽き製法で、マスタードシードを挽いてペースト状にし、白ワインと混ぜて作られます。工場に併設された博物館では製造過程や歴代の道具たち、歴史などの展示をみることができ、魅力的

ボルドーマスタード

ブラックマスタード シードを未発酵の赤ワインに浸漬させ、ハーブ類(特にタラゴン)で香りをつけて造られます。ディジョンマスタードよりも茶色っぽく、香り高く、ほのかな甘味のあるマイルドな味わいが特徴で、酸味の穏やかな味はステーキや冷製肉に合うといわれています。

ボジョレマスタード

荒挽きのマスタードと赤ワインをブレンドして造られます。

シャンパーニュマスタード

シャンパンをブレンドし、色が薄く、なめらかで、スパイスの利いた料理によく合います。

モーマスタード

ブラックマスタード とイエローマスタード 2種類の種子を余り細かく粉砕せず、種皮をそのまま残して製造されるため、マスタード本来の香りが生きておりディジョンマスタードと比べると香り辛味ともマイルドです。コニャック・はちみつ・グリーンペッパー入りなどのバリエーションもあります。パリ近郊のモーで生産される古い歴史をもつマスタード で、日本では明治屋さんで販売しています。陶器に入って大容量!

イギリスのマスタード🇬🇧

1720年 イギリスで香辛料としてのマスタード作りに画期的な技術が開発されました。ダーハム州で暮らすクレメント夫人がホワイトマスタードの種子を十分に乾燥させ、マスタードの殻を取り、粉砕機で粉砕し、ふるいを通して粉末にすることに成功したのです。粉末状のマスタードは「ダーハム・マスタード」の名で販売されると爆発的な人気を得、クレメント夫人一家は財を築いたのでした…

マスタード シードには30%近くもの油分が含まれるため、粉砕するとペースト状になってしまいますが、1814年 イングランド東部、ノーフォーク県にあるストーク・ホーリー・クロスという村で、ジェレマイア・コールマン氏がマスタード種子を粉砕して粉末にする技術を完成させます。

コールマンマスタード

その製法はイエローマスタードシードとブラウンマスタードシードのパウダーに、小麦粉とうこんを合わせ、この粉末を冷水と合わせて15時間おいて熟成させ、辛みを引き出し、再度乾燥させるというもの。和からしほど辛くなく、適度に辛味がたち、ほどよくスパイシーなバランスは秀逸。水に溶かして使いますが、ドレッシングやマヨネーズに振り入れればすぐ溶ける使いやすさもあって、イギリスでマスタードといえば『コールマンズ』 創業は1814年で、1866年から王室御用達ブランドに認定されています。

お肉を焼く前に塩胡椒と一緒に擦り込めば、その一手間でマスタードステーキに早変わり…、マヨネーズやサワークリームに混ぜこめば、ポテトサラダも大人味に。バターにお好み量加えて練り合わせればサンドイッチの「からしバター」だって出来上がり!シチューやスープに少し加えると味に深みが増す隠し技も…とその使い道は次から次へ広がります。

オリジナルは粉状ですが、今はペースト状のものが主流になっているとか。私は変わらずパウダー派 コールマンパウダーを使った『ウエルッシュラビット』と呼ばれるイングリッシュチーズトーストレシピご紹介しています。

*近年店舗販売するお店が減ってしまったのが残念ですが、通販で購入可能です。

ドイツのマスタード ジャーマンマスタード🇩🇪

ドイツでマスタードは『Senf センフ』と呼ばれ、スィートから、ミデイアムそしてエクストラスパイシーまで辛さや風味も幅広く、ハーブやスパイスを加えたレシピのものも多いので、調理を引き立てる名脇役としてどの家庭のキッチンにも常備される必需品 全国展開している大手メーカーの製品に加え、地方の伝統の味を守るクラフトマスタードも健在で、ビール同様ドイツの人たちに愛される国民的食品といえそう

ハーブが入って魅力的!

ドレスデンのユニークな観光名所:ギネス認定「世界一美しい牛乳屋さん」「ドレスナー・モルケライ・ゲブリューダー・プフントDresdner Molkerei Gebrüder Pfund 」こちらの店内はビレロイ&ボッホのタイルで埋め尽くされ、牛乳屋さんというより宮殿のように豪華で芸術的な空間ですが、ショーケースには、世界各国のさまざまなチーズが並び、店内には濃厚なチーズの香りが漂って、まさしく乳製品のお店…。

その隣に設けられたマスタードの専門コーナーもタイルの壁こそありませんが充実の品揃えで、蜂蜜&ディル・オレンジ・カレー・にんにく・ビールのマスタードets…試食瓶の種類もハンパなく圧巻! 各種マスタードを備えて食を楽しむドイツの食卓風景がうかがえます。初々しい緑に誘われて買い求めて帰った『ベアラウホ』のマスタードBärlauch-Senfは、ブラウンマスタードにビネガーを合わせて作られたペーストに、春を告げる野菜:ベアラウホの葉がふんだんに入って若草色…クリーミーで、ほのかに青いネギの香りがする東ドイツの春を閉じ込めたような色と風味はマスタードの印象を変えるフレッシュさが印象的でした。↓

こうしてドイツのマスタードはハーブ類で風味付けしたものも多く、フルーツやワイン・スパイスを加えたものなど個性豊か。どれもツンと鼻をつく辛みはなく、酸味も穏やか 薫り高く風味豊かで、ソーセージはもちろん肉料理全般にも、ソースの隠し味にしてもワンランクアップの風味を実現してくれる優れものです。

ドイツのマスタード全般 日本人の味覚に合うと思うのですが、ワイン同様 輸入増加はなかなか実現しないのです。経営母体が比較的小規模なことと、保存料などを極力使わない製造方針も原因なのかと察しています。

ゴッホも愛した駐在員の御用達…

日本人も多く暮らすヂュッセルドルフは「マスタードの都」とも呼ばれ、この街にドイツ最古のマスタード会社『A.B.B』が設立されたのは1726年のこと「A.B.B」のロゴが入った陶器の容器に詰められて販売されて人気を集めました。

画家のヴィンセント・ファン・ゴッホが1884年に制作した「瓶と陶器のある静物」にA.B.Bマスタードの容器が描かれていることからも、当時一般家庭で親しまれていたことが伺えます。(ゴッホ美術館蔵:オランダ アムステルダム)現在はデュッセルドルフを本拠地とするドイツ最大のマスタードメーカー「レーヴェンゼンフ」がA.B.Bブランドを引き継いで、300年近く前と同じ伝統製法を守り、当時と変わらぬ味を陶器の容器を用いて販売しています。

(左)現在の商品…ライオンマークの瓶詰めはドイツ土産の人気商品として日本でもお馴染みですね。現地でお買い求めの際はディルの入った『プレミアムハニーディル』は外さずに…お勧めです。(中央)A.B.B社製陶器の容器(右)A.B.Bのロゴの入った容器が描かれています。『ボトルと陶器のある静物』1884年ゴッホ(美大生の頃の作品)

南ドイツそしてスイス、オーストリアでも食される『レバーケーゼLeberkäse』やバイエルン州の伝統的な白いソーセージ『ヴァイスブルストWeißwurst』に欠かせないスィートマスタード これがまたソフトな辛味と程よい甘み、そしてクリーミーな食感で幅広く使える優れものです。

(左)『レバーケーゼ』は、よ~く挽いた合挽き肉に、スパイスやハーブを混ぜ合わせたら塩を効かせ、四角い型に入れて蒸し焼きされる肉料理です。レバーも「ケーゼ」:チーズも入っていないのに『レバーケーゼ』と呼ばれるのは腑に落ちませんけれど、そこはご愛嬌!?200年の伝統を持ち、南ドイツからスイスで愛される庶民の味で、スィートマスタードが欠かせません。

(右)『ヴァイスブルスト』は、白くてずんぐり…パセリなどハーブの香りが漂い、ふわふわした食感のソーセージです。 ミュンヘンの食肉店が発色剤を入れ忘れて生まれたとされ、鮮度が落ちやすいため「午前中に食すこと!」が守られて150年…バイエルン州名物のこちらもスィートマスタードがよく合います。

その老舗メーカーHändlmaierヘンデルマイヤーの製品は、粗く挽いたローストマスタードシードに酢と蜂蜜、砂糖、またはアップルソースを甘味料として混ぜて作られます。ラベルに描かれたご婦人ヨハンナさんが100年ほど前に完成させたレシピをもとに作り継がれ、今やフランクフルトやドレスデンのスーパーにも置かれる全国区的な存在

アメリカのマスタード アメリカンマスタード🇺🇸

アメリカ合衆国やカナダなど北米で日常的に用いられているもので、イエローマスタードに白ワインビネガーと砂糖を混ぜ合わせ、ターメリックによって鮮やかな黄色に色づけされています。辛みはほとんどなくマイルドな酸味を持ち、ホットドックなどに欠かせない調味料です。

(左)日本で販売開始60年になる食品メーカー『ハインツ』製(中央)全国に25店舗ほど進出しているアメリカ生まれの大型店『コストコ』製(右)マスタード たっぷり!ニューヨークスタイルのホットドック