Townend タウンエンド 

湖水地方の小さな村に残る農家に300年前そこで暮らした女性によって書かれた実筆のレシピが残り、当時のままのキッチンでレシピの再現を見ることができる!との情報を得てから1年 2025年7月 ぜひ訪ねてみたいとの思いが実現しました。

タウンエンド

レシピが残されていたのはウィンダミア湖の北にある村トラウトベックTroutbeckに残る農家タウンエンド 裕福な独立自営農民ヨーマン(yeoman)であり、政治家でもあったジョージ・ブラウン(George Browne)が住居として1626年に建てた邸宅で、のちに増築されて今の姿に至っています。丸い煙突がそびえ立つ白漆喰の家は地元の典型的な建築様式なのだそう。

敷地内には、羊毛の保存や糸紡ぎ場としても利用された石積みの大きな納屋も残されて、当時の面影を偲ぶことができます。建築当時から300年足らず12世代にわたって、タウンエンドはブラウン家の住居となっていましたが、1943年に血筋が途絶え、現在は、ナショナルトラストが管理し、一般に公開しています。

ベンジャミンとエリザベス・バーケット

1703年ベンジャミン・ブラウン(1664-1748)がタウンエンドを相続しました。当時、ブラウン家はすでに名声を博し、繁栄していましたが、野心家だったベンジャミンは積極的に家業を拡大させ、1739年にはタウンエンドに新しい棟を増築しています。

最初の妻アンが1700年に亡くなると、2年後ベンジャミンはエリザベス・バーケットと再婚

エリザベスが結婚の3年前 1699年に 薬、家事、料理に関してまとめた雑記帳が「コモンプレイスブック: Elizabeth Birketts Commonplace Book 」です。 

40歳で結婚し、1703年には一人息子クリストファーを出産 妻として、母として過ごした結婚生活の間、エリザベスはきっと何度もコモンプレイスブックを読み返し、家庭の手工芸品、知人をもてなすためのレシピ、さまざまな病気を防ぐための治療法などを調べていたことでしょう。

テイスト オブ タウンエンド

エントランスからすぐの部屋は1623年に増築された部分で、料理の実演が行われます。左手には料理のデモンストレーションのためのテーブルが置かれ、300年前エリザベスが生きた時代の衣服を纏った女性がすでに見学客の質問に応えていました。右壁面にはキッチンストーブ 昔の暖炉は唯一の暖房器具であり、調理器具であり、家族やゲストがその前で過ごす家の中心でした。炉にはすでに火が入れられており、そこに生活があった頃の空気感が感じられて、これから始まる料理の再現にますます期待が高まります。

コモンプレイスブックには89種類のレシピが掲載されていますが、訪問当日の実演レシピは『シードケーキ』

小麦粉にバターをよくすり込み、クローブとキャラウェイシードを加え、混ぜ合わせます。

数回に分けて水を加えて、捏ね、ほどよいペースト状の生地になったら、イーストを加えます。

さらにキャラウェイシードを加えて捏ね上げ、成形してオーブンの火の近くに置いて発酵を促し…

すでに火が入って温まったオーブンに入れて1時間焼き上げたら出来上がり。

ケーキを焼いている間に、「コモンプレイスブック」の原本を見せていただくため、図書室に移動 ベンジャミンは書籍収集家で1,000冊を超えるコレクションが並びます。

通常料理のデモンストレーションなどでは複製が使われていますが、ケンダル・アーカイブに保管されている原本を、持ち出してこの場を設定してくださったとのこと。

比較的小さく控えめな見た目ですが、紙そのものが貴重であった当時 発色の美しい表紙を持つノートだったことでしょう。

祝賀会や集まりなど特別な日の食卓を想定した89のレシピ、身近にある薬草の使い方や民間伝承や迷信に基づく今となっては奇妙な内容も含む65の治療法、その他の家事のヒントが、小さなリズミカルな筆致で綴られています。

当時エリザベスは37歳 タウンエンドから半マイルほどのところにあるローフォールドで暮らしていました。タウンエンドのブラウン家のベンジャミンとは顔見知りだったでしょう。 3年後主婦として一家の生活を取り仕切るようになる自身の未来を意識しているかのような内容に、当時のエリザベスを想いながら、貴重な資料を見せていただきました。

ブラウン家での生活を支えたコモンプレイスブックは300年の時を経た今 18世紀初頭のレイクランドの豪農家族の生活を垣間見せ、田舎の伝統を背景にした洗練された味覚と、実に多様な活動を伝えてくれています。

この貴重でありがたい閲覧の後キッチンに戻り、オーブンを開けると、ふっくら焼き上がったキャラウェイケーキが香ばしい香りとともに現れました。復活と永遠の命の象徴であるキャラウェイシードがたっぷり使われるこのイーストパンは葬儀に焼かれるケーキだったそう。

キッチンから階段を3段ほど上がると、最も古い部分である母屋につながり、黒々と重厚なオークのパネルが400年の年月を表しています。オークの大テーブルにはレシピにあるクリスマスのメニューの数々が再現されおり、パイのデコレートには目を見張るばかり! 豪農とはいえ、日常は質素でつましい食卓だったことでしょう。そんな中ハレの日には材料を奮発して、手をかけた食卓を用意する。当時の暮らしぶりを垣間見せていただきました。

ナショナルトラストによって管理公開されているタウンエンドでの「Taste of Townend」などの企画はボランティアの方たちが支えているのだそう。当日担当のエレインさんは、デモンストレーションに加え、図書室での原本閲覧や質問にも対応してくださり、大変お世話になりました。

当時を再現した衣服を纏ったエレインさんとお孫さんの姿に300年前の生活がより鮮明に想い描かれますね。

タウンエンドへのアクセス

🚗車を利用する場合は、ウィンダミアからA592を北に進み、トラウトベックへ向かいます。

🚌バスを利用する場合は、ウィンダミアから555番、516番、599番のバスに乗り、「トラウトベック・ブリッジ」で下車 ブリッジ・レーンに沿って約2.4km3分ほど舗装されていない道を歩きます。

(左、中)トラウトベックの『オールド・ポストオフィス・ティーショップ』でティーやランチを楽しむのもおすすめ。(右)エリザベスが結婚前に住んでいたローフォールド

 

タウンエンドからジーザス教会へ

タウンエンドからフットパスをトレッキングして、ジーザス教会⛪️に向かうこともできます。

行く手の眼下には地元の山から切り出されるスレートと呼ばれる石を積み上げて造られた石垣が牧草地の縫い目のようにはりめぐらされる景色が広がり、何百年もの間現役を貫いている苔むした石垣の前では、足を止めずにはいられません。スレートは家々の壁や床、屋根瓦にも使われて、独特の景観を作っています…。

ベンジャミンとエリザベスがねむるジーザス教会は小さく素朴な佇まいですが、イエスの生涯を描いたステンドグラスはバーン・ジョーンズ、ウィリアム・モリス、マドックス・ブラウンらのデザインによるもの。アーツ&クラフツ特有の世界がステンドグラスで現されており、本当に美しい。

🚌教会脇のバス停「Troutbeck Jesus church」から、ウインダミや経由でケンダルとペンリスを結ぶ508番のバスが利用できます。