シュトレン Stollen

シュトレンはドイツ東部のザクセン地方で生まれたパン菓子で、その形状がトンネルのような形をしていることから、ドイツ語で「坑道」や「杭」を意味する「stollen シュトレン」と呼ばれるようになったといわれています。(他にも諸説あり…)

*日本では「シュトーレン」としてお馴染みになっていますが、本場ドイツでは「シュトレン」ですので、ここでは「シュトレン」としてお話を進めます。

パン生地にラム酒漬けのレーズンとオレンジピールやレモンピールそしてナッツを練り込んで焼き上げたら、溶かしバターに漬け、さらに粉糖をたっぷりまぶして仕上げられます。

ドイツでは11月末になると町中のパン屋さんや菓子店の店頭にシュトレンやレープクーヘンなどのスパイス菓子が並び、それは甘くスパイシーな香りとともにクリスマスシーズンの到来を告げて、人々を4週間後にやってくるクリスマスの準備へと向かわせます。🎄 🎄 🎄

1年で最も大切な行事のクリスマスを前に、クッキーやシュトレン、レープクーヘンなどのスパイス菓子を焼く家庭も多く、たくさん作って親族や友人、お世話になった人たちに配る習慣は日本のお歳暮のよう…。

そうして用意したシュトレンを毎日薄く切って食べながらクリスマスを待つのがアドベントの伝統的な過ごし方で、生地に混ぜ込んだラム酒やドライフルーツ、ナッツ類が馴染んで熟成が進み、味わいが深くなっていくのも楽しみの1つです。

真っ白いその姿は幼子イエスを産着で包んでいる姿にも例えられてきました。というのは、中世ヨーロッパでは生まれた子の全身を白い亜麻の布でにぐるぐる巻きにする習慣があり、地域によってはその習慣が20世紀まで残っていたほど根強いものでしたから、その姿が細長い形状で焼き上げられ、粉糖をたっぷりまとったシュトレンと重なって、キリストの誕生を祝うクリスマスにふさわしい容姿とされたのです。  by https://www.giornirubati.it/siena-santa-maria-della-scala/  ↓

*中世以来ヨーロッパでは赤ちゃんが生まれると生後4か月まで白い亜麻の包帯で全身ぐるぐる巻きにされて育ちました。これを「スワドリング」と言い、手足や背骨ををまっすぐに伸ばすためと考えられての習慣で、5か月からは、手は解放されるものの、胴体や脚はぐるぐる巻きにされたまま8、9か月まで育てられていたのです。これに対し医者たちが警告を唱えたのに加え、ルソーが「エミール」の中で厳しく批判したため、次第に廃れていきました。

長い小麦粉パンに始まるシュトレンの歴史

現ザクセン=アンハルト州の教会に残る古文書によると、1329年 ナウムブルクNaumburgの大司教ハインリッヒが、パン職人達による新たなギルド(同業組合)の結成を許可したことが判ります。

これによりパン屋は社会的身分と営業権を保証され、かわりに市民のためにパンの質と価格の安定をはかることが制度化されました。書簡形式の長文にはパン屋に課せられた決まりなどが並び、続いて「司教が組合結成を認可する見返りにパン職人達は毎年税金を納め、クリスマスイブには『シュトレン』という名の小麦粉で作った長いパンを2個司教の館に納める義務が課された」と記されています

この古文書にある「小麦粉で作った長いパン」こそが現在の『シュトレン』に続くパンの最も古い記録とされているのです。

ドイツ北東部は気候が冷涼で 小麦の生産に向かないため、人々が日頃食するパンは地元で穫れるライ麦の粉を使って焼かれたもので、小麦粉を材料にして焼かれる白くて柔らかいパンは王侯貴族や教会関係者が特別な時に食べる贅沢なものでした。

とはいえ、そのシュトレンでさえ当時使われた材料は小麦粉・酵母・水のみ。他にオーツ麦、カラス麦とてんさいの根からとる油の使用が許可されている質素なものでしたから、焼きあがりは現在のシュトレンとはほど遠く、味わいの薄いものだったと想われます。

『クリスマス』と『復活祭』と『カーニバル』

救い主キリストの生誕を祝う『クリスマス』と、十字架にかけられて亡くなったイエス・キリストが3日後に復活したことを祝うお祭り『復活祭:イースター』は、カトリック教徒にとって最も大切な祝祭です。

その大祭日を迎えるためには、〝節制しながら心の準備をする必要がある〟とされ、復活祭前40日間の『四旬節』、『クリスマス』を待つ40日間の『待降節』が設けられました。その間信徒たちには肉や卵などの動物性食品やバターなどの油脂、嗜好品の摂取を控える〝断食〟が課されました。

四旬節は「40日の期間」を表し、キリストが荒野で40日間断食をしたことにならって生まれた習慣です。その断食の40日を迎えるにあたり、その前にご馳走を食べて大いに騒いだのが『カーニバル:謝肉祭』です。このカーニバルは質素で禁欲的な40日を前に、民衆たちがやぶれかぶれ、今の内に…のノリではじめたのが起源とされ、教会もこれを基本的には黙認していたため、次第に広がり、定着したのでした。

1474年ドレスデンのカーニバルでシュトレンが焼かれた記録が残り、シュトレンが誕生して150年余りたつと、特別の日には庶民もシュトレンを食べられるようになっていたことが分かります。

シュトレンにバターと牛乳を…の誓願書

こうして15世紀 のザクセン地方では小麦粉を使って焼かれるパン『シュトレン』がカーニバルや四旬節・待降節で食べる食品として普及していきますが、味わいの薄い淡白なシュトレンを40日間食べ続ける信徒をみかねたザクセン選帝侯エルンストと弟アルブレヒトは、1430年ローマ教皇に『バター・牛乳摂取禁止令』の撤廃を懇願する誓願書を提出しています。

待つこと17年 …1447年にシュトレンにのみバターの使用が許可され、60年後の1491年ようやく『バター食用許可書” Butterbrief』 が公布されます。これによりシュトレンに限らず他の菓子類にもバターを入れることができるようになったのです。

バター食用許可書 Butterbrief

この許可書 ただで手にはいったわけではありません。

ザクセン候は領内フライブルクの大聖堂建設のための費用の20分の1を毎年金貨でローマ教皇庁に支払うなど大きな出費を負うことの見返りとして、バターや卵の使用許可を手に入れたのでした。これに対する謝礼として、パンギルドは1529年のクリスマス以降巨大なシュトレンをザクセン公に献上することになりました。

1500年頃のクリスマスマーケットではシュトレンが『クリストブロート Christbrot』の名で売られていたとの記録が残ります。この『クリストブロート』は小麦粉にバターや卵も使われた待降節およびクリスマス用のシュトレンで、そののちザクセン公国の宮廷パン職人が小麦粉にバターと牛乳・ドライフルーツなどを加えてレシピを整え、今日に伝わるシュトレンを完成させたのです。

巨大シュトレンの歴史

1560年 ザクセンの領主アウグストは大変なシュトレン愛好家で、兵士たちの日頃の労を労うため、巨大シュトレンを焼かせて振る舞まっています。この巨大シュトレンが歴代領主に引き継がれて200年近く…

1730年のクリスマス フリードリヒ・アウグスト1世は、ツァイトハインの街の広大な演習場で軍事演習を行います。それは民衆にザクセン軍の強さや壮麗さを披露し、王の権威と威光を印象付ける目的のもので、アウグスト強王はその最後に振る舞うため、巨大なシュトレンをドレスデンのパンギルドに注文しています。

パンギルドには「専用の焼き釜が建設され、100人の職人たちが、牛乳缶326本分のミルク、1000kgの小麦粉、3600個の卵を使って1.8トンのシュトレンを8日間かけて焼き上げた。演習場までは8頭の馬が引く馬車によって運ばれ、招かれた24,000人の民衆の前で、巨大ナイフ(柄には菩提樹が使われれ、全長1.6m、重さ12Kg)を使って切り分けられ、振舞われた。」との記録が残り、その派手でけた外れに大掛かりな歴史的大イベントを今に伝えています。

これを記念してドレスデンではシュトレン祭の開催が毎年の恒例となるのですが、アウグスト強王が今に残したのは巨大シュトレンだけではありません。強王は現在のドレスデンの街並みを飾る『フラウエン(聖母)教会』や『日本宮殿』、『ツヴィンガー宮殿』の建設などにより、ルネサンス風の小都市だったドレスデンを、荘厳なバロック建築が建ち並ぶ芸術と文化の中心地に変貌させています。

↓(左)フラウエン教会、(右)ツヴィンガー宮殿…現在 内部は絵画や武器の博物館になっています。

さらにヨーロッパ初の硬質磁器誕生に尽力して達成 マイセンに国立磁器工房を設立し、こちらも現代の『マイセン国立磁器製作所』に引き継がれています。

外交面では常に周辺諸国との攻防にあけくれた治世でしたが、ザクセンの歴史はアウグスト王なしに語ることはできず、まさに“強王”さまなのです。

シュトレン祭 Stollenfest

アウグスト強王の権威と威光を象徴する出来事の1つであった巨大シュトレン その伝統は今日まで引き継がれ、ドレスデンでは毎年 第2アドヴェント前の土曜日にアルトマルクト広場Altmarktで『シュトレン祭 Stollenfest』が開催されます。

当日は地元の人たちに加え、世界中から集まった観光客が見守る中、当時の衣装をまとったパン菓子組合、シュトレン保護組合、劇団員、音楽隊の人々が、鼓笛隊の演奏に合わせてドレスデンの街を練り歩きます。私が訪れた2019年のシュトレンフェスト当日は、いかにも冬のドイツといった曇天でしたが、華やかな時代絵巻に寒さも吹き飛んで、ひとときのタイムトラベルを楽しみました

主役である巨大シュトレンの載った山車が行き…

 

鼓笛隊が続きます…

寒さが厳しい冬のヨーロッパでは、煙突が詰まってしまうと暖炉が使えず、かまどで行う調理にも支障がでて、凍えてしまうし料理もできない!そのため煙突掃除は欠かせない仕事でした。ドイツでは、「煙突掃除屋さんが幸運をもたらしてくれる」、「煙突掃除屋さんにさわると幸運がくる」との言い伝えもあって、『煙突掃除屋さんは幸せのシンボル』…シルクハットがトレードマークの黒い制服に身を包んで堂々の行進です。

 ♪ チム チム チェリー 私は煙突掃除屋さん チム チミニー 町一番の果報者 ♫  

巨大ナイフも運ばれて…

巨大シュトレンを載せた山車がマルクト広場に到着すると,ドレスデン市長の音頭のもとパン職人の代表が いざ入刀!

300年前 アウグスト強王の時代は専用釜が造られたとのことですが、現代の巨大シュトレンは、ドレスデンにある50軒余りのパン工房で焼き上げた1ピース8kgのシュトレン400個近くを、レンガを積み上げるように、バターに砂糖を加えて練り上げたペーストでつなぎながら組み立てて作られています。

その後500gずつに切り分けられ、会場で販売しているシュトレン金貨と交換で受け取ることができるので、地元っ子はもちろん 世界中から訪れる観光客にも大人気!その収益金は毎年福祉施設に寄付されるということです。

今ではシュトレンが年間を通じてパン屋さんやスーパーの店頭に並ぶため、クリスマス時期のシュトレンは「クリストシュトレンChriststollen」と呼び分けられ、ドレスデンで作られるクリスマス用のシュトレン「ドレスナー・クリストシュトレン Dresdner Christstollen」は、2010年に商標登録されてEUの保護対象となりました。

その基準は、まずドレスデン地域で焼かれたものであること!

 品質規定としては、小麦粉1kgにつき使用される材料は、バターor 溶かしバターの上澄み 500g、レーズン650g、レモンピールとオレンジピールそれぞれ200g、アーモンド150gと分量配分が定められ、食品添加物は一切認められていません。

ドレスデンの職人達は、この分量配分を守りつつ、代々伝授されてきた門外不出のレシピと製法でシュトレンの味を極めんと日々努力を重ねているのです。

さらに …「ドレスドナー・シュトレン保護連盟」は、職人たちがそれらの規定を遵守しているかを確認し、職人の技術レベルを維持するために毎年20項目の基準を設けた公開テストを行っています。

そこで20ポイント中16ポイント以上を獲得できた職人は、自分が焼いたシュトレンを「ドレスドナー・クリストシュトレン」という名で販売することができ、パッケージに合格の証である『シュトレンズ イーゲル Dresdner Stollen』の印章をつけることが許されます。シールの中央:金色に輝いて馬にまたがるのはアウグスト強王さま!

このシールには、工房の番号が記載されており、どこの工房で焼かれたのかが判ることからも「合格」の重みが伝わります。

Otte Jürgen Bäckerei にて…

その認定基準で「限りなく20点に近い19点…」を獲得した自信作のシュトレンを持つのは  Otte Jürgen Bäckerei オーナー のオットさん

広く明るい店内で「ドレスナー・クリストシュトレン Dresdner Christstollen」の製法を教えてくださいました。

それによりますと、

① 小麦粉とイーストと牛乳を混ぜて1時間おく→ 生地が発酵して膨らむ

 ② ①の生地に、レモンピール・オレンジピール・アーモンド・砂糖・バター・塩・ラム酒・フレッシュオレンジの皮のすり下ろし・メースを混ぜ込む。

③ ②にレーズン(ラム酒に12~24時間漬けたもの)を混ぜ込み、成形する。

④ 180℃のオーブンで50分焼く。

⑤ 4~6週間おき、熟成させる。

⑥ ⑤を溶かしバターに浸け、引き揚げてから粉砂糖をたっぷりまぶす。

以上が「ドレスナー・クリストシュトレン 」を名乗れる正統な製法というわけです。

取材中振舞ってくださったシュトレンはしっとり風味豊か…「レーズンやオレンジピールなどの具材が均一に入って焼き上がっていることも、大切なポイント」なのだそうで、なるほど納得の出来栄えに敬服しました。

芥子の実が主役です!

シュトレンの後方に控える渦巻き模様のパンは『モーンシュトレンMohn Stollen』芥子の実のペーストを練りこんだシュトレンです。

ドイツ では『Mohnkuchen 芥子の実ケーキ』もよく食され、芥子の実は頻繁に使われる製菓材料      日本では…あんパンを飾ったり、七味唐辛子にも入っていますけれど、量が違う!プチプチぷちぷちが溢れんばかり!

 長期保存のために…

四旬節や待降節の滋養食でもあったシュトレンがドイツのクリスマスを代表するパン菓子になってからも、長くて寒い冬の間の滋養食として長期保存できることは必須でしたから、材料の配合や製法に工夫が凝らされています。

先ずドライフルーツなどを洋酒に漬込むのは、味わいが熟成されて美味しさを増すだけではなく、アルコール成分が腐敗を防ぐ働きをしてくれるため。そしてしっかりと焼きこんだ後、“澄ましバター”に潜らせると生地全体を油脂が包み、酸化を防いでくれます。さらに砂糖や粉糖を全体に塗り固めるのは、油脂の酸化を防ぐため。…こうしておけば長期保存が可能となり、Otteさんいわく「半年後 夏になって食べても大丈夫だったょ(笑)」

シュトレンにスパイスは入れません!

ドイツには「クリスマスのスパイス」を意味する「Weihnachtsgewürz ヴァイナハツゲヴルツ 」という単語があるほどクリスマスとスパイスは密接な関係で、ペファークーヘン やレープクーフェンなど伝統のスパイス菓子やグリューワインがその香りでクリスマスに華やぎを添えるのですが、「ドレスナー・クリストシュトレン」に限ってはスパイスは用いられず、こちらは発酵生地とリッチな具材勝負!

いろいろなスィーツあってのアドベント…クリスマスを待つ日々のお楽しみです。

ドレスデンのクリスマスマーケットはドイツ最古の開催の歴史をもつそうで、2019年は585回目… クリスマスマーケットのアーチにも誇らしげに585の数字が輝いていました ☆。

*シュトレンレシピはこちらから… フードプロセッサー使用で、簡単スピーディーに作ることができるレシピです。バターの分量を減らしていますが、レーズンやオレンジ、レモンのピールの配合は『ドレスナー・クリストシュトレン』の定める基定に準じるよう配合しています。しっとり美味しく焼きあがり、ヘルシーなのも嬉しいレシピです。どうぞお試しになってみてください。