よもぎ…1よもぎはハーブの女王さま

万葉集では「モグサ」や「サシモグサ」として詠まれ、古くから体の邪気を払う長寿の薬草として重用されてきたよもぎはカロテン・ビタミンC・カルシウムを多く含む緑黄色野菜 細胞の癌化を防ぎ、免疫力をあげ、余分な脂肪を分解、細胞の働きを活性させる等々の優れた健康効果に加え、香りでも癒してくれることから『ハーブの女王』と呼ばれています。

早春の野や河原で旺盛に新芽を伸ばすよもぎ…私の故郷信州では「餅草:もちぐさ」と呼ぶ方が通りがよく、昔からよもぎが草餅に使われてきたことを想わせてくれます。よもぎの独特の香りは春の訪れを感じさせてくれるのみならず、災難を遠ざけ、邪気を払う力があると信じられていたため、草餅にして神さまにお供えし、それを食べると災いが遠ざかると信じられてきたのです。

雛祭りに供えるものは…

三月三日の雛祭りは女の子の健やかな健康と幸せを願いお祝いする特別な日 とはいえ、雛人形を飾って桃の花や菱餅を供え、お白酒も…このような行事が行われるようになったのは江戸時代になってからのことで、 古くからの行事や慣習が融合して出来上がった祝い方です。

8世紀の中国で道教の思想から季節や物事の節目には災いをもたらす邪気が入りやすいと考えられるようになると、三月初めの巳の日(みの日)を「上巳:じょうし」と言って不浄を払うために川に行き、禊(みそぎ)を行って、桃の花を浮かべた桃花酒(とうかしゅ)を飲む風習ができました。これが次第に川や池の辺りに座って、上流から流れてきた盃が通り過ぎないうちに歌を詠み、かつ盃を取り上げて酒を飲むという風雅な行事「曲水の宴」に発展。この風習が日本にも伝わり、平安時代 宮中や貴族のあいだで盛んに行われたのでした。

一方農村では草木が萌え出ずる春三月は、新しい年の農耕が始まろうとする時期にあたり、山の神をお迎えする季節でした。里に降りてきた山の神は田の神となり、田畑の作業が順調に進むよう見守ってくれると考えられていたのです。

その神は亡くなった祖先の霊魂でもあり、祖先の霊が時には山の神になったり、田の神になったり、水の神に姿をかえて現れるというわけです。昔は人が亡くなると魂は屋根の棟に昇り、その後村はずれの一本の木に宿り、一年たつと山に行って神になると考えられていましたから、春 人々は神を迎えるため山に出かけ、神さまと一緒にご馳走を食べて日がな一日遊び、神さまもお連れして里に戻ったのでした。これは「山遊び」と呼ばれ、海に近い地域では漁労の仕事が本格的に始まる前の3月浜辺で「磯遊び」の行事が行われたといいます。

同じ3月初旬に行われる「上巳の禊」(じょうしのみそぎ)の考え方が中国から伝わると、人々は身のけがれを洗い流す『巳の日の祓い』(みのひのはらい)のため、紙を人間の形に切り抜いて「人形:ひとがた」または「形代:かたしろ」を作り、それで体をなでてけがれを移した後、川や海に流すようになりました。次第にそれは子供たちが河原に集まり、若菜など早春の食べ物をお雛様にお供えして、みんな一緒にお汁粉などを食べたあと、紙や藁(わら)で作られたお雛様で体をなで、それを桟俵(さんだわら)の上にのせて、そっと川へ流す。こうすることで病気や身の汚れを人形(ひとがた)が流してくれるとする春の行事になっていったのです。米俵の両端の丸いふたの部分「桟俵:さんだわら」を船にして紙雛を流します。

↓ 長野県 南佐久郡 北相木村で継承される流し雛の風習『かなんばれ』

 村の小学校と老人会が主導して継承されています。

こうして現代も流し雛の風習が残る地域もありますが、次第に「人形」をお寺に持って行って祈祷してもらえばそれで厄除けがすんだと考えられるようになっていきます。また美しく精巧な雛が作られるようになると、雛人形は流してしまうのではなく保存され、愛玩や鑑賞の対象になっていきました。雛の素材も紙から土製へ、胡粉(ごふん:貝殻を焼いて作った白色の顔料)を塗って顔を描き、美しい織りの布を使った衣装を着せたものが作られるようになり、江戸時代には公家や大名ばかりでなく、庶民に間にも雛人形を飾る風習が広まります。幕府が五節句を定めると、3月3日が女の子の雛祭り、5月5日が男の子の端午の節供として定着していきました。

雛飾りも様々なものが作られるようになり、上方では「雛の館」とよばれる御殿の中に内裏雛を飾り、御殿の前に公家風の嫁入り道具を並べる様式、江戸では武家風の段飾りで内裏雛、官女、五人囃子などの人形と調度品が置かれる様式が人気を集めます…

雛飾りに欠かせないお供えものが「桃の花」と「白酒」そして「菱餅」です。

中国では桃は百歳(ももとせ)に通じ、邪気を払う神聖な木で、上巳の祝いに桃の花を浮かべた桃花酒を飲む風習がありました。日本でも桃には霊力があると信じられていたため、3月3日を『桃の節供』として雛人形には厄除けや禊の願いを込めて桃の花が添えられます。

江戸時代になると桃花酒にかわって白酒が飲まれるようになりましたが、こちらも祖先である神を迎え、お酒を供え、共に飲みながら邪気を払う思いが込められています。

菱餅の紅、白、緑の三段重ねの色はそれぞれ桃の花、白酒、草餅の色を表すと言われています。草餅はよもぎを入れて作りますが、よもぎはその香りから邪気を払う力をもっていると信じられ、「山遊び」に出かけた人々もそこでよもぎを摘み、持ち帰って草餅にしてお迎えした神さまに捧げたのです。

こうして三段それぞれに禊(みそぎ)の願いが込められている菱餅ですが、そのひし形は子孫繁栄と長寿の力があるとされた菱の実の形を写したものともいわれ、江戸時代には菱餅そのものも菱の粉から作られていました。

雛人形を飾り、その脇には邪気を払う桃の花が飾られ、同じく桃酒から代わった白酒と、厄除けや禊さらに子孫繁栄や長寿の願いまで込められた菱餅も供えられる雛飾りは、まさに女の子の健やかな成長と幸せを願う両親の思いの結晶

その雛飾りの前で女の子たちが集まってままごとや会食を楽しむ「雛遊び」はかつての宮中や貴族の子女が「紙の人形を使って遊んだままごと遊び」や農耕の神様を迎える「山遊び」ともつながり、雛祭りは古来の「ままごと」や「山遊び」、「巳の日の祓い」そして両親の愛が融合してできあがったお祭として現代に受け継がれているのです。

暮らしの中で…

飲んで良し、付けて良し、嗅いで良し、浸かって良し、燃やして良しを揃えた『ハーブの女王さま』のよもぎですが、近頃は「よもぎといえば草餅!」・・・その影が薄くなっているような気がします。再認識の気持ちも込めて、その多彩な使い道を揚げてみました…

『食用』… 草餅・菱餅・天ぷら・おひたし・あえもの等に 

『お茶』… 若い芽や若い株を干して作る『よもぎ茶』は煎じて飲むと、腹痛・胃潰瘍・食あたり下痢・貧血・冷え性などに効果あり!

『蓬湯』… 成熟したよもぎを干し、入浴剤として使うと血行を促進させるため、冷え性・肩こり腰痛・神経痛・痔・リウマチなどの症状をやわらげ、あせもや黄疸にも効力を発揮します。

『血止めや切り傷の殺菌』… 生葉を揉んでから傷口に押し当て血止めをしたり、切り傷や虫さされに付けて消毒殺菌の応急処置に、打撲・水虫にも効力を発揮します。

『漢方薬』… 痔の出血を止め、出血にともなう貧血・めまい・手足の冷えなどを改善するとされ生薬『帰膠艾湯』(きゅうききょうがいとう)の主成分として使われています。『病を艾(止)める』という意味から漢方では『艾葉 ガイヨウ』と呼ばれます。

『お灸』…よもぎ葉の裏面は白い毛が密生して白っぽく見えますね。葉を乾燥させ、裁断したら石臼に挟んででゴリゴリ…上下の石の境目から出てくるふわふわの綿毛が『もぐさ』で、この綿毛に独特の芳香となる香気成分シネオールなどの精油成分が含まれている…綿毛は女王さまのパワーの源です!

『草木染め』…たっぷりのお湯によもぎを入れて煮出し、濾した液に衣類を浸け込み、色が移ったらミョウバン、銅、鉄などの媒染剤を使って色を定着させます。

『魔除け』…平安時代 貴族から庶民まで火事や邪気を避けるおまじないとして菖蒲の葉と共によもぎの葉で屋根を葺いていた故事に基づき、軒先によもぎの葉を飾ったり、投げ上げたりする風習が残っています。

以上 和のハーブ:よもぎが暮らしの中で八面六臂に活きていたからこそ「女王さま」なのですね…

世界で活躍 よもぎ族…

『よもぎ』は北半球の温帯を中心に250種が分布し、そのうち日本には30種ほど。総称して『ニホンヨモギ Artemisia princeps と分類されています。

薩南諸島~沖縄諸島 韓国から中国 、インド 東南アジアにまで分布しているの『ニシヨモギ 』は苦みが弱く、食感も柔らかいため食用に適しており、その葉は調味料や薬味、料理の色づけなどに使われます。沖縄では「フーチバー」と呼ばれ香味野菜として栽培 販売されて、郷土料理に欠かせない存在です。

この『ニシヨモギ』はベトナムでも鍋の具として使われる他、スープに入れたり、麺や春巻きの皮などにも混ぜ込んで利用されるなどその使い方も多彩。よもぎ餅『Banh It Den バイン イット デン』は緑豆から作った餡が入って、かすかな苦味と清涼感のある香りが人気のスィーツです。

ヨーロッパでは…

ヨーロッパを原産地とするのは『ニガヨモギ』です。香りを放つ植物を邪気払いのために用いたのは日本や中国などのアジア文化圏に限ったことではなく、古代ローマでもニガヨモギを毒消しや魔除け、神事の供物に用いていた記録が残ります。その学名Artemisia absinthiumは「聖なる草」を意味するエルブ・アブサントに由来するのですから、薬草として重用されていたことが推測できますね。

「聖書の時代から…」といいますから2000年もの昔からその葉や茎を干したものが傷の炎症を抑え、肝臓や胃腸の強壮に効力を発揮し、腸内の寄生虫駆除にも効くとして、煎じて使われてきました。また干した葉茎を袋に詰めて衣類の防虫剤としても暮らしに寄り添ってきた歴史をもちます。

ヨーロッパ各地に広く自生し、道端でも見かけられます。草丈40~100cm 全体を細かな白毛が覆い、葉をもんで鼻に近づけると漂う独特の香りは日本で馴染んだよもぎと同じ。なるほど親戚ね!と納得 英語圏では「ワームウッド」と呼ばれて、どこにでもある雑草であることも日本のよもぎと同じ 数々の薬効、柔軟な順応性、強靭な生命力… ヨーロッパでもハーブの女王の座は間違いなさそうです。

薬用として開発された『ベルモット』

ヨモギに含まれる栄養成分や薬用成分を上手に利用するため考案されたのがニガヨモギをワインに漬けて造ったフレーバードワイン『ベルモット』です。

その起源は古く、古代ギリシアの医師ヒポクラテスがワインに薬草を溶かし込んだ薬酒を作ったことからとされ、修道院主導で薬草やハーブ、スパイスを使って様々な薬酒が作られました。ペストがヨーロッパで猛威をふるった際「リキュールは病の苦しみを和らげる」と処方されたことも、修道院がリキュールのレシピ開発に熱心に取り組んだ背景になっています。

17世紀に入りドイツで白ワインにニガヨモギの香りを移した『ベルムートWermu』(ドイツ語でニガヨモギ)が作られると各地に伝わり、イタリアでは甘みを加えた『スイートベルモット』、フランスでは辛口の『ドライベルモット』が開発製造され、今日に至っています。

スイートベルモットはイタリアンベルモットとも呼ばれることがあり、ドライと比べるとハーブの風味が強く、その多くはカラメルで着色されるため淡褐色です。国際的に流通しているのはチンザノ (Cinzano) 社やマルティーニ (Martini) 社製のもの

冷やしてストレートでも、ロックでも楽しめるベルモットですが、カクテル等にせずそのまま飲むなら、飲みやすさや入手のしやすさからチンザノ社のベルモットがお勧め。日本でも通販や酒類販売の店頭で手軽に求められます。健康効果を期待できるワインのイメージでお試しになってみませんか?

ドライベルモットはフレンチベルモットとも呼ばれ、ノイリー・プラット (Noilly Prat) が有名で、カクテル「マティーニ」に使われることでも知られています。

香りがよいので、紅茶に加える飲み方もお勧めです。 熱々のストレートティーに加えるだけ!昼下がりのティータイムなら小さじ1杯、就寝前なら大さじ半〜1杯を目安に…、立ち上る湯気の中 ベルモットの豊かな香りが際立って、いつもの違った紅茶が楽しめます。

リキュール『アブサン』も薬用から…

1792年にスイス人医師ピエール・オーディナーレが、医療目的として開発したリキュールが『アブサン』です。ニガヨモギ、アニス、ウイキョウなど10種類の薬草やスパイスをブランデーに浸して独自の製法で製造されました。1830年頃 北アフリカのアルジェリア侵略戦争に従軍したフランス兵たちに、赤痢予防のため習慣的に摂取することが勧められると、彼らが帰国して、本国で一気にで広まります。造会社アンリ・ルイ・ペルノーによって商品化され、ワインより安く買えたことも手伝って、その勢いは市場を独占するほどに…

感性やインスピレーションを引き出す霊酒として、芸術家に好まれるようになり、愛飲家たちは「アブサニスト」と呼ばれました。彼らの中には心身に異常を来たし、時に人生を破滅させた人もいます。それがアブサンに含まれる幻覚成分ツヨンのためなのか、単なるアルコール中毒だったのかは定かではないようですが、36歳で夭逝した画家のロートレックやゴッホ、詩人のヴェルレーヌなどの蒼々たる名があがるようになると、アブサンは「禁断の酒」「磨性のハーブ酒」などの異名で呼ばれて、一時販売が禁止される事態にまで発展したのです。

近代になると技術の革新や食生活の富裕化、あるいは医療技術の進歩によって、リキュールは薬としての役割を失い、風味や色を重視したものが作られるようになっています。