蝋燭のお話

約20万年の昔 人類は火を起こし、野焼きや焚き火で明かりを得え、調理に火を使い、暖をとることができるようになりました。燃料は乾燥させた木材や草木に加え、脂肪分に富んだ魚やウミツバメなどを利用したと考えられているそう…文明の始まりです!

数万年前には動物からとった脂を、そして3000年前には植物からとった油を燃やす「オイルランプ」が使われ始め、1万年前には火打石など小型着火具も発明されました。

約8000~5000年前 メソポタミアやエジプトでは建造物や儀式を照らすため 大型の燭台で、植物や動物由来の油脂が灯されます。

約2500年前 各地に都市ができ、ローマ以前にイタリア半島で文明を築いたエトルリア、中国、エジプトでは獣脂や蜜ろうを固めた蝋燭や、繊維性物質に蜜ろうや油脂をしみ込ませて作る蝋燭が燭台とともに使用されていたことが判っています。

1世紀 古代ローマ帝国で活躍したプリニウスは著書『博物誌』の中で、「パピルスなどの植物の茎を束ね、蜜ろうを塗った蝋燭が寺院で使われている」と記しており、西暦79年のヴェスヴィオ山の噴火で埋没したポンペイの遺跡からは、当時の蝋燭が見つかっています。

オリーブの栽培が盛んな南ヨーロッパでは、オーリーブオイルを使った蝋燭が早くから使われていました。その構造は、容器に水をはり、オリーブオイルを注ぎ入れると、オイルが浮いて2層に分かれます。そこに木片に繊維で作った芯を通した火芯を浮かべて着火するのです。屋内はもちろん街灯にも使われ、広く普及していました。

 ローマ時代後期 ヨーロッパ北部地域で獣脂蝋燭が誕生します。当時ヨーロッパでは照明用にオリーブ油が使われていましたが、寒冷な気候のためオリーブが栽培できなかったイングランドや北部ヨーロッパの遊牧民が、牛脂などの獣脂を利用して蝋燭を作ったのです。

その方法は、加熱して溶かした獣脂の中にい草などの茎で作った芯を浸すと、その温度でも融けない高融点の固形成分が芯にまとわり付く。それを引き出し、もう一度冷やし固めてからまた浸せば、固形成分がさらにまとわり付いて、より太くなる。これを繰り返すことで蝋燭が成形できました。ローマ帝国時代の末期には西ヨーロッパでもオリーブ油が不足し、獣脂蝋燭が広まっていったようです。   

by http://www.johnphilbrick.com/detail.php?item=119

13世紀 獣脂蝋燭はヨーロッパ各地に広まって、イギリスとフランスでは蝋燭のための手工業ギルドが結成されています。これら蝋燭業者は家々を回り、蝋燭を売ったり、各家庭の脂肪を固めてその場で蝋燭を作ったりしました。1415年頃のロンドンでは、獣脂で作られた蝋燭が街灯に使われ始めたということです。

1694年 ルイケン著『人間の職業』に掲載された蝋燭職人の挿絵 

風刺画で知られるイギリスの画家、ジェームズ・ギルレイ(James Gillray、1757 - 1815年)のエッチングです。↓

by https://hanna-and-art.hatenablog.com/entry/2019/09/15/095855

ヴィクトリア時代に人気のあったカードゲームに興じる人々を描いていますが、中央に描かれた女性の後ろにいて、カードを覗き見している男性の手をご覧ください。蝋燭の芯をカットするため芯切り鋏を持っています。 17世紀の蝋燭消し→

当時の獣脂蝋燭は不純物を多く含んでいたため、蝋が燃えて長くなった芯を切り詰めないと不完全燃焼に陥り、煤が出て蝋がたれ始め、悪臭を放ちました。そのためおよそ30分ごとに芯の手入れをしなければならなかったのです。

1789年ウィーンの劇場では、舞台上の俳優たちを下から照らすよう、舞台の床の前端に沿って蝋燭が配置されています。

by https://hanna-and-art.hatenablog.com/entry/2019/09/15/095855

舞台上映中 獣脂蝋燭が燃えて芯が長くなると、煤と悪臭予防のために「芯切り係」が何度も舞台に上がって芯を切ってまわる必要がありました。そのため彼らも舞台衣装を身につけて職務を遂行!ウィーンの宮廷劇場では、一回の上演で蝋燭が客席に300本、舞台には500本使われたといいますから、芯切り係は休む間も無く蝋燭を回っことでしょう。

             水仙が咲いて春が来る…

イギリスで「春を告げる花」とされる黄水仙 春を迎える喜びそのもののような鮮やかな黄色と楚々とした花姿が人気の花ですが、19世紀のロンドンではコーンウォール半島の突端に近いシーリー諸島から早船でロンドンに送られる黄水仙が、獣脂蝋燭からでる室内の悪臭を防ぐために、なくてはならないものだったといいます。花が咲ききるにつれて香気を増す黄水仙…200年前はまた違った意味でも人気の花だったようです。

19世紀半ばに一般家庭の室内照明としてガス灯が普及し、以後電気を利用したアーク灯や白熱電球などの電灯が開発され、明るい夜があたりまえになりましたが、それまでの長い間 蝋燭の芯を上手に切ることは家庭内で子供に課せられた大切なお手伝いだったのです。

             蜜ろう蝋燭が灯るのは…

キリスト教では主イエスは人類を照らす「光」です。祈りの場にはイエスの象徴である「灯り」が不可欠で、修道院では蝋燭の原料であるBeeswax:蜜ろうを得るために養蜂を行いました。蜜ろう蝋燭は灯すとゆらゆらと幻想的で、甘い芳香がただよい、煤(すす)もでませんから、教会で用いる蝋燭は蜜ろう製に限られました。

蜜ろうは蜜蜂が蜂蜜を体内に入れてお腹の蝋腺(ろうせん)から分泌する天然のワックスで、透明で薄いウロコ状のかけらです。このかけらを大あごから分泌する酵素と混ぜて形を整え、六角形の部屋:巣を作ります。

by https://hachi-chie.com/interest/honeybee-nest/

蜜ろうは、蜜蜂の巣を集め、加熱して液体になったものを漉して集められます。養蜂によって採れる蜜ろうは大変な貴重品で、それを使って作られる蜜ろう蝋燭は高価でしたから、それを使えるのは教会や修道院、そして王侯貴族に限られました。

             アン王女は紅茶がお好き

1702年イングランド国王に即位したアン王女は1707年スコットランドを併合して、グレートブリテン連合王国を成立させ、初代女王となります…この統合によりイギリスは内外共に大きく躍進し、世界に名を轟かせてゆくのです。

グルメで知られた彼女は大の紅茶好きでもあり、毎朝モーニングティーを楽しまれたと伝わります。社交的で、パーティー好きでもあった王女はウインザー城の応接間をティーパーティーの会場とするため、ティーテーブル付きの「茶室」として改装…家具も自らデザインし、優美に曲線を描く『ネコ脚』は当時大流行しました。

さらに それまで使われていた中国から運ばれた茶器では物足りず、ティーボウルと1度にたっぷり紅茶を淹れられるティーポットを考案! ポットに茶葉を入れ、お湯を注ぎ、ポットの中で茶葉のエキスを抽出させてからカップに注ぐ…新たなティースタイルを実践しました。王女が創作させた洋梨型のポットは『クィーンアンスタイル』として今でも人気のデザインです。

by https://www.leslieantiques.com/items/1191159/Derby-Porcelain-Miniature-Tea-Bowl-Saucer-c1770

この頃オランダ経由で買っていた中国からの輸入紅茶を、イギリスが直接買い付けできるようになったことも、王女の紅茶好きを後押し、アン王女はイギリス王室にお茶を飲む習慣を定着させ、貴族にモーニングティーの習慣を広め、その後イギリスで紅茶文化が花開く先駆けとなったのでした。

           蜜ろうキャンドルをリサイクル!

そのアン王女にフットマン(下僕)として仕えたのがウィリアム・フォートナムです。フォートナムはフュー・メイソン所有の家の一部屋に間借りしながら王宮に仕事に上がっていたのですが、若いフォートナムとメイソンは意気投合!グローサリー(食品雑貨店)の開業を夢見ます。

その開業資金工面のためフォートナムは、毎晩新しいキャンドルに火をつける習慣のあった王室で、大量にでる半分だけ残ったキャンドルを回収し、再製して販売することを思いつきます。このサイドビジネスは成功し、1707年 ウィリアム・フォートナム とヒュー・メイソン はロンドン ピカデリーで『フォートナム・メイソン』創業にこぎつけます。

アン王女のフットマンとして王女の日常品の管理を任されていたフォートナムが、アン女王が日頃召し上がっているものや使っている日常品を揃えて開業すると、女王と同じレベルのものを欲しがる上流階級の顧客が集まり、Fortnum & Masonは高品質な食品やユニークな商品を揃え、トレンドの最先端を行くセレクトショップとして人気を集めるようになりました。

それは英国が世界の中心として大きく発展し始めた時期と重なります。その後英国のインド経営を主導する東インド会社とも深い関係を築き、1700年代半ば 紅茶の輸入販売を手がけたことも現在への成功につながりました。

現在も創業の地ロンドン ピカデリーにあるFortnum & Masonではフットマンの制服を着用したフォートナムの等身大の人形が手に燭台をもって立ち、シャンデリアも…もちろんキャンドル型!

Fortnum & Masonにとって開業資金となったキャンドルは原点…店内には創業者の心意気が今なお残ります。

そして建物正面の壁面にはフォートナム時計が設置され、18個の鐘が15分おきに心地よい音色を響かせ、毎時ごとにフォートナムとメイソン両氏の人形が、まるで「ちょっと様子を見にきたよ」とでも言うかのように姿を現し、お茶を運んでくれています。

創業200年記念の1907年に、創業当時の国王 アン王女の名前を冠して作られたブレンドティー『クィーン アン』は今なお健在!人気商品です。