グリーンプデイング …まちねずみジョニーのおはなしの『やくそうのプディング』…

ベアトリクス・ポターが湖水地方を舞台に描いた本シリーズの中で、『まちねずみジョニーのおはなし』は、べアトリクスが地元の弁護士ウィリアム・ヒーリス氏と結婚し、生活の拠点を湖水地方のニア ソーリー村に移してから5年後の1981年に出版されました。

田舎に住むねずみ、チミー・ウィリーは、野菜かごに入ったまま荷馬車にのせられ、町に連れていかれてしまいます。着いたところはホークスヘッドの町にある家。その家では週に一度ソーリー村から野菜をかごで届けてもらい、空になったかごを返していたのです。

チミーはまちねずみのジョニーたちに歓迎され、もてなしを受けますが、町での生活に馴染めず、体の具合が悪くなって、野菜かごに入って田舎に帰ります。

冬がすぎて、すみれや草の匂いのする春の日のこと まちねずみのジョニーが訪ねてくると、そのジョニーに、チミーがご馳走するのが春芽吹いたばかりのハーブが入った『グリーンプディング』 石井桃子氏の日本語訳では、「やくそうのプディング」と訳されているものです。

"You have come at the best of all the year, we will have herb pudding and sit in the sun"

 「The Tale of Johnny Town-Mouse(まちねずみジョニーのおはなし)」より

切り株のテーブルの上にある緑色の塊が「ハーブプディング」です。

湖水地方の長い冬の間 塩漬けの肉とポタージュといった食卓を囲んだ人々にとって、芽吹いたばかりの新芽や若葉をたっぷり使って作られるハーブプディングは、待ちに待った春の訪れを感じられる、そしてビタミン補給になる古くからのご馳走でした。

オーツ麦または大麦をベースに、パン、卵、牛脂(バター)に、ビストートやネトルなど浄化作用のあるハーブをたっぷり合わせて作るお団子ような食べ物

イギリス北部地方に残るビストートのカントリーネームが「イースター・レッジ」であることから、このプディングは「イースター・レッジ・プディング」とも呼ばれました。ビアトリクスは、夫のヒーリス氏の好物だったこのプディングをハードウィックの羊のローストの付け合せとして作り、楽しんでいたそうです。

300年前のグリーンプデイングレシピ

ウィンダミア湖の北にある村トラウトベックの農家タウンエンドには、そこで暮らしたエリザベスが1699年に薬、家事、料理に関してまとめた雑記帳が残されており、その中に『グリーンプディング』のレシピを見ることができます。

38. To make a greene Pudding   グリーンプディング

Take straberry leaves, violet leaves, time and Majorum, shred them and strayn them with Creame, then take grated Bread, Eggs and suet, season them with Nutmegs sugar and a little Rosewatter, wrap it in a Mutton Cake, and boyle it in a Bag

グリーンプディングを作るには イチゴの葉、スミレの葉、タイム、マジョラムを細かく刻み、クリームと混ぜ合わせます。次に、すりおろしたパン、卵、牛脂を混ぜ合わせ、ナツメグ、砂糖、少量のローズウォーターで味付けし、マトンケーキで包み、袋に入れて煮込みます。

*グリーンプデイングに馴染みがないと分かりにくい部分ー wrap it in a Mutton Cakeは、タウンエンドを管理し、エリザベスの雑記帳を保管しているナショナルトラストのスタッフさま及び、食文化研究家のアイバン氏に教えていただくことができました。

文中にwrap it in a Mutton CakeとあるMutton Cakeは、「マトン・キャウル mutton caul」または「キャウル脂肪Caul fat」と呼ばれる動物の消化器官を包むレース状の膜で、料理に使われるキャウル脂肪は、豚、羊、牛、そして時には鹿肉から採取されます。ソーセージなどの肉料理のケーシング、あるいはミートパティやミートボールの皮として使われると、ソーセージや塩漬け肉にジューシーな風味と水分を補給する。肉食文化圏ではお馴染みの食材なのでしょう。

マトン・キャウルの謎が解けたところで、レシピに戻ると、全ての材料を混ぜ合わせて作ったプディング生地をまとめ、マトン・キャウルで包み、それから布製のプディング袋に入れて、1時間ほど煮込むとグリーンプディングの出来上がりです。

プディング袋は、この地方で実際に使われていたものの写真をアイバンさんに見せていただくことができました。それはリネンのシーツ(布)を長方形に縫い合わせて作られており、長年使って食品から出た色で褐色に染まっていました。

祖母から娘へ、そしてまた娘へと受け継がれてきた100年前のマットレスのシーツで作られたプディング袋は花嫁の嫁入り道具にされ、大切に使われたとのことです。

「イースター・レッジ・プディングの伝統は今でも地元に残っています」と、ナショナルトラストのスタッフさま

タウンエンドを訪ねた7月半ば 庭に植えられたレィディーズ マントルが花盛りを迎えていました。この葉もグリーンプデイングの材料としてよく使われるのだそう。ハーブの知識が豊富な地元方は身近にある材料を上手に食卓に取り入れているのですね。

村から運ばれた野菜かごを荷馬車から下ろす場面に描かれているのはホークスヘッドの町の建物と建物が2階でつながり、その下をトンネルを潜るように道が通っているこの場所

チミーが忍び込んだ野菜カゴを受け取った住人が住んでいた家は現在「Relish」という調味料やジャムなど販売するショップになっています。

村から運ばれた野菜かごを荷馬車から下ろす場面に描かれているのはホークスヘッドの町の

建物と建物が2階でつながり、その下をトンネルを潜るように道が通っているこの場所

チミーが忍び込んだ野菜カゴを受け取った住人が住んでいた家は現在「Relish」という調味料やジャムなど販売するショップになっています。

お話は、まちねずみが住む町がこのホークスヘッドで、いなか ねずみの住む村がニア・ソーリー村という想定になっており、荷馬車が通ったニアソーリーからエスウェイト湖を経て、ホークスヘッドに続く道は車で15分ほど 徒歩では50分くらいといったところです。チミーが がたごとがたごと!ゆすぶられ、カゴの野菜の真ん中でふるえて乗っていた馬車では… さぞかし長く感じたことでしょうね。

ホークスヘッドはヒーリス氏が事務所を構えていた町であり、ニア・ソーリーはベアトリクスとヒーリス氏が暮らした村でもあります。