クローブ2

インドネシアのスラウェシ島とニューギニア島の間に点在するモルッカ諸島は「香辛諸島」と呼ばれ、古くは中国商人が牛耳り、16世紀以降はヨーロッパ人たちがやってきて激しく利権を争いました…

 そのお目当は、ここでしか取れなかった香辛料の『ナツメグ』と『クローブ』‼

クローブ『丁子』の最も古い記録は、2世紀末 後漢時代の中国で応劭(おうしょう)が残した書物『漢官儀』の中に当時「皇帝に謁見する役人は、鶏舌香:丁子を口に含んで口内清め、口臭を消した。」さらに「歯痛時には噛んで、痛みを和らげた。」とあり、当時の人々がその消臭・抗菌効果そして、麻酔効果まで知って、使いこなしていたことがわかります。その後の中国では、各種『生薬』の材料としても多用され、一振りすれば中華の味が決まる調味料『五香粉』にも欠かせない香辛料です。

インドにも運ばれ、紀元前200年頃に描かれたラーマー王子の冒険物語『ラーマーヤナ』にヒンズー医術の薬として登場し、その後発達した伝統医学『アーユルヴェーダ』でも「天国の香り」と称されて重用されてきました。

 民間療法でも歯が痛い時 歯間にクローブを刺して、凌ぐ…は今だに常識。旅行中ホテルのアメニティーとして置かれていた歯磨き粉のチューブにも「クローブ成分入ってます!」を表すイラストが描かれて、その抗菌、抗炎症などの効能が生活の知恵として浸透しているのを感じたものでした。

古来インドの食卓メニューに欠かせないスパイスとして使われ、すりつぶしてパウダーにしたり、ポキっと折って、熱した炒め油に投入し、香りを移したりと使い方も様々 カレーパウダーやガラムマサラにもなくてはならないものの1つであることは周知の通りで、 インドおよび東南アジアの食文化を支えてきたスパイスの1つです。

日本でも…

そして日本では奈良時代 聖武天皇治世の頃(724年~756年)には、遣唐使が4回も派遣されて修交を深め、736年にはインドのバラモン僧や唐の僧も来朝したとの記録が残されています。

 この国際交流盛んな時代に丁子(クローブ)、胡椒、桂皮(シナモン)などが貴重な薬として持ち込まれ、天皇が崩御されると、お宝として正倉院に納められました。

その後丁子は『薬』としてのみならず、『香料』としてさらに、『染料』としても使われるようになっていきます… 

「砕いた丁子と鉄粉や灰を合わせて水に加え、絹布を浸して煮出す 」を布が色付くまで繰り返すことで現れる色は『丁子茶』と呼ばれ、平安貴族にも人気の色味でした。

夕霧の直衣はクローブの香り

源氏物語でも「蜻蛉」「藤裏葉」「宿木」と3つの帖に『丁子染めの布』が登場しています。中でも第三十三帖「藤裏葉」では、丁子染めの直衣を身につけているのは光源氏の息子である夕霧 

長い間会うことができなかった恋人と再会し、結ばれたばかりの息子に源氏が

・心を狂わせてはいけない

・得意満面になってはいけない

・浮ついた気持ちになってはいけない

と訓戒する… そんな場面で息子 夕霧が着ていたのが薄茶色の『丁子染め』の直衣です。 

染めてしばらくは丁子の香りが残りますから、夕霧からもそこはかと甘い香りが漂っていたかもしれません…

僧侶の袈裟としても、紫に次ぐ高位の色として尊ばれた『丁子染め』 こちらは現代の丁子染めで作られた香袋です。 品のある素敵な色ですね。

通りすがりに香るのは…

「昔の昔の 風見鶏の ぼやけたとさかにはぜの葉ひとつ はぜの葉赤くて日入り色… ♪」と歌われる日入り色にそまった葉とともに映る櫨(はぜ)の実を収穫して砕き、採取した実を圧搾して採った油脂分から不純物を取り除いたものを『櫨蝋:はぜろう』と呼び、古くから和ろうそくの原料として盛んに使われてきました。

時は江戸 元禄の頃…この櫨蝋に丁子「クローブ」をはじめとした香料を練り込んで作られたのが『鬢付け油』です。

クローブの精油はサラサラで、髪を整える整髪力はなく、無臭で粘性の強い櫨油に香り付けとして加えられたのです。

 当時男性はちょんまげ、女性は結い髪でしたから、その髪型を保持するために日常の必須アイテムとなり、江戸の街を闊歩する 男女の髪からはクローブの甘い香りが漂っていたことでしょう… 

同じく、舞妓さんの使うドーランや口紅にも少し加えて香りづけ

刀の錆を防ぐための錆止め油にも加えられ、『白檀』、『伽羅』などとならんで香料として大いに使われていたのです。

お清めにも…

写経では、心静かに己と向き合うため、紙に向かう前に決められたプロセスがあります。まず「含香」クローブを口に加えて深呼吸することで、身体の内側を清め、そして「香象」象の香炉をまたぎ、煙に身をさらすことで、身体の外側も清めます。

席に着いて、「塗香」を手に塗り込んだら心静かに墨をすり、いざ、写経…

縁起が良くて、おめでたい

『宝ずくし』と呼ばれる縁起が良くておめでたい吉祥の文様を集めて描かれた反物です。この中に『丁子』文様が2つも潜んでいるのですが、さて… お判りでしょうか?

 奈良時代に渡来してから、様々な場面で使われてきた丁子ですが、江戸時代にこんな風にデザイン化されて、吉祥模様に加えられ、打ちでの小槌、宝袋、分銅、巻物、軍配…に混じって、文様全体に躍動感を与えています。「オクラに見える!」 「流れ星のようにも見えたりして…?」 

お宝尽くし 九谷焼きの器の数々をご鑑賞ください。

そして大阪の銘菓『おこし』の包み紙にも飛んで?います。

爆ぜる音は「クレテック!」

本家本元 産地のモルッカ諸島では、古来子供が咳き込んだり、夜泣きをするとクローブオイルを温めて胸に塗る習慣がありました。19世紀末ジャワ島の住人だったハジ・ジャマーリは持病の気管支喘息と胸の痛みに苦しみ、自身の胸にクローブオイルを擦り付けてみると痛みが軽くなったことから、より効果的な方法を模索 乾燥させたクローブの芽とゴムの木の樹液を加えた手作りのタバコを作って吸うと彼の喘息と胸痛はすぐに治ったといいます。

クローブの精油に含まれる香り成分オイゲノールが揮発して吸い込まれ、肺に到達 

抗菌、消炎、鎮痛効果を発揮するこの治癒方法はしだいに広まって、クローブタバコは「ロコッ・チェンケ」(rokok cengkeh 丁字たばこ)の名で治療薬として販売されるまでになり、1910年代の「ロコッ・チェンケ」はゴムの木の樹液などの天然樹脂とナツメグ、クミン、クローブ、タバコ葉を合わせてバナナの葉で包んだものでした。

その後乾燥して細断したタバコ葉にこちらも細かく砕いたクローブを30%ほど混ぜ込んだものをスティック状に紙で巻いたスタイルの大量生産品が製造販売されるようになると人気をよんで、インドネシア国内で消費されるタバコの9割以上が「ロコッ・チェンケ」になり、輸出されるようにもなっていきます。

このたばこをすうと、燃えながらクローブの小破片が爆ぜる音がする…その爆ぜる音を表した擬態語からいつしか「クレテック」と呼ばれるようになったとか。

18世紀末フランスがモーリシャスなどでクローブ栽培を始めたことに伴い、各地で大農園が開かれていますが、世界的には現在もモルッカ諸島を有するインドネシアが圧倒的な生産量シェアを占めています。とはいえ、クレテック需要の多さから、インドネシアはクローブ輸入国!というのですから、クレテック人気の衰える気配はなさそうです。

クローブ香るホットウイスキーがお気に入り

ホットウイスキーはオンザロックより香りを楽しむ飲み方で、そこにクローブを加えると「クローブ入りウイスキーのお湯割り」に…この「クローブ入りウイスキーのお湯割り」の愛好家としてよく知られていたのが、故司馬遼太郎さん 閉館となったホテルオークラ本館のオーキッドバーがお気に入りだった司馬さんはいつも決まった席でこのクローブ入りウイスキーのお湯割りを楽しまれていたそうです。

「クローブ入りウイスキーのお湯割り」 1杯分

 

① あらかじめ分量外のお湯でグラスを温めておく。

② お湯を沸かし、少し冷ましてからクラスに注ぐ。

③ しずかにウイスキーを注ぐ。

④ クローブ2個を入れ、軽く混ぜてどうぞ…