クローブ 1

生活に役立つ芳香や刺激、身体への効能成分を含む植物の種子、花、葉、樹皮等を『スパイス 香辛料』とよびますが、その中でも際立って個性的な形をもつのが『クローブ Clove』です。 原産地は(現)インドネシアのモルッカ諸島

紀元前の昔から世界各地に運ばれ、使われて、英語ではラテン語の釘を意味する「Clavus」から「Clove」と呼ばれ、中国でも釘を意味する「丁」の字が当てられて、『丁子 ちょうじ』や『丁香 ちょうこう』という名が当てられてきました。

さて、この「釘」を思わせる形は植物のどの部分かといいますと、『つぼみ』です。

成長すると15mほどにもなるクローブの木は、熱帯の恵まれた気候の中7~9月と1~2月の年2回 伸ばした枝いっぱいに小さな赤い花をつけます。スパイスとして利用する場合は緑色の額が熟すにつれてピンク色になったところを、手摘みして日陰で干すと、乾燥して硬く茶色に変色し、釘のような形をしたスパイス『クローブ』になるというわけです。↓額が色づき始めたつぼみを収穫します。↓一部開花した花

クローブは『蕾 つぼみ』を使う世界で唯一のスパイスで、はしごをかけて手摘みされてきましたが、加工技術が進み、その枝や葉からもクローブオイルを抽出できるようになったため、現代の収穫は枝ごと切り落とすように変わっています。

こちらが収穫されたばかりのつぼみです→ 

現地インドネシアの島々では昔から子どもが生まれると誕生を祝ってクローブを1本植える習慣がありました。子どもの成長とともに苗木も育ち、7〜8年もすると花をつけるようになって、その子が成人する頃には1本の木から1回に20Kg近い収穫が期待できるため、生活の糧にもなる。大人になった木はその後40〜50年にわたって実をつけ続けます。誕生からクローブの木とともに成長し、その木とともに人生を過ごし、同じ頃に生涯を終える…そんな自分の木があるなんて素敵ですね。

百里を駆ける…

「百里を駆ける」となると、一里が約4Kmですから、 400Kmを駆ける‼

 これマラソンのお話ではなくて、クローブの香りのお話で… 「その強い香りは一瞬にして百里:400Km先まで届く」といわれたことから、クローブは『丁子』や『丁香』に加え、『百里香 ひゃくりこう』という呼び名も持っています。

その甘い香りと、口に含むとしびれるような刺激をもたらすのは『オイゲノール』 クローブに含まれる精油の主成分です。

この『オイゲノール』は適度に刺激のある甘い香りに加え、殺菌、抗菌、抗ウイルス作用、防腐作用、鎮痛作用、酸化防止作用、 消化促進、健胃作用・・・と、ありがたい効能を兼ね備えているものですから、太古の昔から重用され、高価な値で取引されて、冒険家達がその産地を探して航海に出たのもうなずけるところです。

スパイスは憧れの的

紀元前4000年頃には すでに遠くエジプトまで運ばれて、シナモンや胡椒、カルダモンとともに祭祀の香に利用され、香辛料として王侯貴族の食卓メニューに貢献し、さらにその防腐作用からミイラ作りにも使われました。

 アブ・シンベル神殿を建設され、王妃8人 側室大勢!お子さま100人!!90歳で大往生されたラムセス二世のミイラの鼻には胡椒がぎっしり詰められているのですから… 当時の人々はすでにスパイスの防腐作用を十分知って使いこなしていたことがわかります。

ギリシャ・ローマ時代になっても、クローブは

胡椒・シナモン・ナツメグとともに薬として尊ばれ、貴族の食卓では料理を引き立てるスパイスとして活躍しました。

冷蔵庫のない時代 肉を腐らせずに、その匂いを抑えて美味しく食すためにスパイスの香りと殺菌、抗菌、防腐作用は何よりも有難かったのです。

古代ローマがヨーロッパに侵攻するにつれ、これらスパイスも広まっていくのですが、いかんせん現地では収穫されない貴重品!

 長いこと中国人が産地モルッカ諸島での交易を独占し、スパイスの産地を隠して高値をつけて売りさばき、それを買い付けたアラブの商人が遠路シルクロードを運んだ末に超高値をつけて売買されていたのです。

「クローブやナツメグそして胡椒の産地はどこにあるのだろう…?」

その思いに応えた冒険家がバスコ・ダ・ガマでした。彼はポルトガル王の援助を得て出航  南アフリカの喜望峰を回る『東周り航路』でインドに到達し、待望の『胡椒』を ポルトガルに持ち帰ります!

これを機にポルトガルはインド沿岸の胡椒産地…さらにはマラッカ海峡も制圧!

スパイス産地はポルトガルの手中に納まる気配が濃厚になってきた頃 一歩出遅れたスペインの後押しで大西洋経由『西周り航路』でスパイス探しの冒険に出航したのがマゼランでした。

*胡椒マメ知識*

 原産地とされるインド マラバル海岸近くで自生する様子  胡椒の木は他の木の幹に巻きつきながら成長し、実は房状で 緑の小さなブドウのよう?真っ赤に熟す前の緑の状態で摘み取り、乾燥させて、外皮が黒くなったものが『ブラックペッパー』です。

280人が18人に…!

500年前の1519年8月 フェルディナンド・マゼランは戦艦5隻と280人の乗組員を率いてスペインのセビリアを出港します

南アメリカの南端:後に『マゼラン海峡』と名付けられた海峡を抜けて太平洋に出るまで1年と2ヶ月!難破と離反で、この時すでに2隻の船を失っていました。

さらに4ヶ月 太平洋を進んでようやくグアム諸島 その後フィリピンのセブ島に上陸

ここで少々長居をし、島民のキリスト教への改宗に熱心に取り組んだマゼランは、島民の抗争に巻き込まれて…命を落としてしまいます。

残された船員たちは命からがら船を出すのですが、セブ島での抗争で人員がさらに減っていたため、1隻を破棄し、残る2隻で航海を進め ることに…

太平洋上を 迷走すること半年 ついに目指すスパイスの宝庫:香辛諸島:モルッカ諸島に到着することができました。 

モルッカ諸島では王に歓迎され、目的のクローブも大量に持ち帰ることを許されたのです!ここまで出港から2年の年月が経過していました。

2隻とも船底いっぱいにクローブを 積み込んで、いざスペインへ! でしたが、内1隻は 積荷が重過ぎて浸水… ↓ 1590年ごろの地図に描かれたビクトリア号 by gettyimages

残る1隻「ビクトリア号」に60人の船員が乗り込み、航海士ファン・セバスティアン・エルカーの指揮のもとで出航となりました。

人も減り、船も減ってはいましたが、香辛諸島にたどり着き、『クローブ』満載し、目的を達成しての帰還です。 しかし気を許すわけにはいきません! 

航行する海域の港町はすでにライバル国ポルトガルの勢力下になっていましたから、寄港するのは危険でした。よって、一行は ひたすら ひたすら 航海を続け、1522年9月6日ついにスペインに帰国

食料調達もできない航海ですから、餓死、栄養失調も多発し、船員は16人になっていました。

持ち帰った『クローブ』は現地価格の2000倍とも2500倍ともいわれる価格で取引され、スペイン王は大喜び。

壮絶な 壮絶な旅の末 スパイスの産地モルッカ諸島も確認でき、「地球は丸い」ことも証明されたのでした。

マスクの中に…

肉食中心のヨーロッパで、『クローブ』は『胡椒』とともに、肉の保存や調理の風味付けに欠かせないスパイスだったのですが、その使い道はそれだけにあらず!中世ヨーロッパで死の病として恐れられ、ひとたび大流行すると、人口の半分〜6割が命を落としたとされる死の病『黒死病:ペスト』 当時その原因は「汚れた空気」と考えられていたため、感染者を診察する医師は、天狗の鼻?はたまたカラスの口ばし?とおぼしきマスクの中にクローブやサフラン、胡椒やハーブを詰めて診察に当たっていたとの記録が残されています。古来クローブや胡椒の殺菌・抗菌作用は よく知られていましたから、スパイスにフィルター効果を期待しての出で立ちでした。 

さらに当時の人々は 感染者がでた家や、患者が入院している病棟の戸口でローズマリーの枝を燃やして、空気の清浄化にも励みました。

北里柴三郎博士がペスト菌を発見するのは19世紀末で、有効な抗生物質が見つかるのは、さらに もっと後…  それまで人類は感染の恐怖やその対策に、藁をもつかむ思いで、ハーブやスパイスのもつ薬効にすがるしかなかったのです。

ドレスの中にも…

同じく感染症などの災いから身を守る魔除け:お守りとして、中世ヨーロッパで使われたのが 『ポマンダー』です。 

金や銅で作られた円形の飾りで、中に練り香料を入れて、その香りを魔除けとして腰に下げて使われました。

1500年代イギリスを統治されたエリザベス1世が腰にさげたポマンダーを手にされるお姿です…

(左)真珠が埋め込まれた金細工のポマンダー… 素敵ですね

(中央)ベネチアに残るご婦人の肖像画  腰にはポマンダーが連なって…

(右)マリーアントワネット妃は膨らんだドレスの中にポマンダーを潜ませていました。

この習慣が庶民に広まる中で高価な金細工のポマンダーに代えて考えられたのが果物とスパイスを使って作る『フルーツポマンダー』です。オレンジなどの果物に、クローブ を刺し、シナモンをたっぷり振って、乾燥させて作ります。釘に似た形のクローブですから、差し込むのは簡単! 乾燥したクローブが果汁を吸収することで、乾燥が早まります。さらにシナモンパウダーを振ることで、香りが増し、抗菌効果もUP 

乾燥中のカビの発生や腐敗も防いで、1ヶ月もすれば、オレンジミイラ=ポマンダーの完成です。

感染症の原因が解明されてからもポマンダーは健在で、香りの楽しみに加え、殺菌、抗菌作用から、虫除け効果も期待できるアロマアイテムとしてポマンダー作りは冬のヨーロッパの風物詩として楽しまれ、クリスマスツリーを飾ります。

そして…その後はキッチンに移動して、インテリア兼害虫除けとして活躍!と、息長く生活に寄りそいながら、香りを届けてくれるのです。