創意工夫で創り上げられた独自の魅力 イギリス陶磁器
17世紀初頭「あらゆる病に効く特効薬」として紹介された東洋のお茶は中国から帆船に積み込まれ、1年以上かけてロンドンの港に運ばれたといいます。船底いっぱいの茶葉の中に紛れて海を渡ったのは茶器たち 茶葉は東インド会社が売りさばきましたが、茶器の売却は船長の特権だったとか…
こうして長い航海と幾多の危険を乗り越えて中国から運ばれた緑茶、烏龍茶、紅茶はヨーロッパの人々を虜にしました。
そして茶葉とともに輸入される茶碗は白く透き通るほどに薄いのに耐久性に優れ、染付に使われる青色は遠い異国を想わせるエキゾチックさを醸しだしていましたから、多くの王侯貴族が魅了され、財力にものをいわせた東洋磁器のコレクションがブームになったのです。
その憧れは「我が領土でも磁器の焼成を成し遂げたい!」…の思いにつながり、アウグスト強王のもと1709年ドイツのマイセンでヨーロッパ発の磁器が誕生します。これを契機にデンマークのロイヤルコペンハーゲン、イタリアではリチャードジノリ社の前身 ドッチア窯、フランスのセーブル窯…とヨーロッパ各国で磁器が作られるようになるのですが、イギリスは磁器の原料として必要な「カオリン」を国内で産しないことから遅れをとることに…
そこで 試行錯誤の末生み出されたのがイギリス独特の白い肌をもつ『クリームウェア』や『ボーンチャイナ』でした。
東洋の磁器への憧れからはじまったヨーロッパの近代陶磁器の歴史ですが、磁器の焼成技術が確立され、さらに1750年頃には持ち手のついたティーカップが考案されて、「ティーカップ&ソーサー」が誕生します。
中国の景徳鎮や日本の伊万里の模倣から始まった絵付けも、ヨーロッパ独自の個性溢れるデザインが施されるようになって300年… 高度成長期の日本ではヨーロッパ発のティーセットや食器が人気を集め、その熱は冷めぬまま今に至るのです。
『陶磁器』は焼き物の総称で、焼き物は使っている原料から陶器と磁器に分かれ、ヨーロッパで生産される陶器と磁器はさらに2種類ずつ 以下の4種類に分類されています。
陶器
Earthenware (アースンウェアー)
Stoneware (ストーンウェアー)
磁器
Porcelain (ポーセリン)
Bone China (ボーンチャイナ)
アースンウェア=陶器
粘土を整形して低温の窯(800~1000℃)で焼成したもので、4種の陶磁器の中ではもっとも古い歴史をもちます。生地の中にたくさんの小さな空洞をもつため厚みがあり、柔らかく、保温性が高いのですが、欠けやすいのが特徴
水などの液体が生地に染み込みやすいため、食器として実用性が劣るものでしたが、釉薬の進化により不浸透性の土器の作成が可能になり、素朴で温かみのある風合いが好まれています。
イギリスのアースンウェアとしては女性陶芸家スージー・クーパーの作品がその優しい色合いのデザインで日本でも人気を集めていますね。
*73年の作陶家としての人生で、スージー・クーパーは自身のブランドを立ち上げ、独自の作品を次々発表していきますが、雇い入れたペインターの技術が未熟なうちは、ドットや水玉などを多用し、上達してくると花柄などテクニックを必要とするデザインへ…と職人さんの技術に合わせてデザインをおこし、仕事をしてもらう柔軟な経営センスも持ち合わせていたそう。2度の世界大戦、2度の火災でリトグラフを失うなど度重なる困難を乗り越えるタフな精神力に感服です。温かく柔らかい作風とデザインの変遷に浸るには、書籍『スージー・クーパーのある暮らし』を紐解いてみるのもお勧めです。
ストーンウェア=炻器(せっき)
ヨーロッパでいうストーンウェアは、陶土を高温の窯(1200~1400℃)で硬く焼いたものです。
ドイツ語ではシュタインツォイク Steinzeug…石のように硬い陶器という意味。
磁器のような透光性はありませんが、緻密に焼締り、無孔のため液体を吸収せず、丈夫で実用性に優れています。透水性がないので、器としての仕上がりに釉薬を必要としませんが、装飾のために使われています。
古代ローマの作陶技術が伝わっていたドイツのライン地方で14世紀頃高温焼成によるストーンウェアが焼かれるようになり、16~17世紀には 窯が最高温度に達した時点で窯の上部の穴から食塩を投入すると,食塩のナトリウムと陶土のケイ酸が融合し、陶器表面がガラス化したケイ酸ナトリウムに覆われて焼きあがる技法が確立され、盛んに製作されるようになります。
この技法はイギリスにも伝播し、陶器の里ストーク・オン・トレントでも盛んに製作され人気を集めました。
その後さらに白い地肌を求める期待に応えて『クリームウエア』が開発されますが、ジョサイア・ウエッジウッドは、このクリームウェアを独自の研究で改良し、どこの工房よりも白く、滑らかで光沢のある釉薬をかけ、シンプルで上品な陶器に仕上げることに成功 シャーロット王妃より『クィーンズウェア』の名を拝領します。
さらにジョサイアは無釉で手触りも見た目も独特な『ジャスパーウェア』を生み出しています。
(左)クリームウエア、(中)クイーンズウエア、(右)ジャスパーウエア↓
ポーセリン=磁器
磁器は、長石を含む岩石の風化によってできた粘土であるカオリンや、石英、長石などを粉砕して粉にしたものに水を加えて練り、成形してから1300~1500℃の高温の窯で焼成したもので、頑丈できめ細やか、液体を吸収することはなく、透明感があり、指で弾くと金属音に似た音を発します。
磁器は中国の唐時代(618年~907年)に製造が始まり、13世紀半ばマルコポーロがヨーロッパへ持ち帰り、アジアで貨幣として使われていた白い貝殻「ポルセーラ貝」と似ていたため、「ポーセリン」と呼ばれました。
その後ヨーロッパでも磁器の製造が試みられますが、なかなか原料が見つからず、1709年ドイツのマイセンがヨーロッパで初めて磁器の焼成を成功させます。その後オーストリア ウィーンで磁器工房AUGARTEN (アウガンテン)、デンマークのロイヤルコペンハーゲン、イタリアではリチャードジノリ社の前身ドッチア窯、フランスのセーブル窯…など各国で続々とポーセリンが生まれていきました。
*『カオリン』は長石などの鉱物が風化作用や熱水(温泉)のはたらきによって変質・分解してできるカオリナイトが主要成分になった粘土です。その名称は古代中国の景徳鎮において磁器原料として用いる純度の高い白色粘土を採掘していた山の地名『高陵』(Kauling)に由来しています。
(左)青花蓮池魚藻文壺 せいかれんちぎょそうもんつぼ 景徳鎮窯 元時代 14世紀
(中)ロイヤルコペンハーゲン「ブルーフルーテッド フルレース」
(右)リチャードジノリ「ボンジョルノプルーン」↓
ボーンチャイナ=磁器の1種類とされ、「骨灰磁器」と呼ばれるもの
イギリスでは良質の磁石が発見できなかったため、創意工夫の末素地の中に動物の骨を混ぜて焼成することで素地が薄いにも関わらず柔らかく透明度の高い独特の輝きを持った乳白色の磁肌が出来る革新的な技術が開発されました。動物の骨灰を材料に使ったため、名称に “ボーン” が付けられています。
ボーンチャイナは陶磁器の中で最も強く、美しい白色と半透明性が特徴です。また強度が高いため、他の磁器に比べて薄く生産することが可能でした。最近は骨灰は使わずガラス質の原料を入れて作られています。
開発初期から20世紀後半までボーンチャイナといえばほぼ英国製品であり、ウェッジウッド、スポード、ロイヤル・ドルトン、ミントン、フォートナム&メイソンなど主なイギリス陶磁器ブランドがボーンチャイナを製造し、ご存知のようにその製品は日本でも高い人気を誇っています。
(左)ウエッジウッド「ワイルドストロベリー」
(中)スポード「ブルーイタリアン」
(右)ミントン「エキゾチックバード」↓