アメリカに渡ったジンジャーブレッド  

17世紀 ヨーロッパの人々がアメリカに入植すると、レープクーヘンやジンジャーブレッド、シュペクラティウス も持ち込まれました。新大陸で故郷のスパイスブレッドを再現するにあたり、現地ではサトウキビから砂糖を生成する際にできる糖蜜シロップが安く手に入りましたから、ジンジャーブレッドの風味付けにも糖蜜が使われ、その色を反映して、生地は濃いブラウンで、しっとりと独特の風味を身につけたアメリカンジンジャーブレッド が生まれました。そしてそれは各家庭の主婦の手によって大いに焼かれ、開拓生活の潤いに、また栄養やエネルギーの補給源として家族みんなで食されたのです。

次々と新たなスィーツが誕生する現代でも、ジンジャーブレッドは変わらず支持されて、その形状はパウンドケーキ型あり、クッキーあり…

クッキーの形状は丸形とジンジャーマンが主流ですが、丸形クッキーはぽってりと厚みがあって、中にクリームやキャラメルを入れたものも人気を集め、生地を厚くして焼くので表面がひび割れのようになるのが特徴です。そして『ジンジャーマンブレッド(クッキー)』は手足が短く、3頭身ほどのふっくら坊やシルエットが定番になっています。

この愛嬌たっぷりのジンジャーボーイ君はアメリカ国内はもちろんイギリスにもお里帰りし、日本でもすっかりお馴染みになっていますが、そのモデルになった王さまこそ現代版ジンジャークッキーの生みの親ともいえるヘンリー8世といわれています。さあそこで、その経緯を追いかけるために、しばしお話の舞台をイギリス、ヨーロッパに移して、アメリカに渡る以前のジンジャークッキーの変遷をみていきましょう。

記録に残されているなかで、最も古いケーキの一つといわれている「ジンジャーブレッド 」 フランスのロワール地方には992年の記録が残っており、それによると当時は穀物粉と蜂蜜、香辛料を主原料に作られていました。中世イギリスのジンジャーブレッドも、蜂蜜を温め、風味付けの香辛料としてシナモンやクローブ、胡椒などを加えたら、生地が成形できるほどしっかりしたペースト状になるまでパン粉を加えて、こね合わせて、成形…乾燥させたら出来上がり!

香辛料と蜂蜜は当時たいへんに貴重な食材でしたから、それらをたっぷり使って作られるジンジャーブレッドは身体によいお薬扱い…つげの葉やクローブで飾ったり、サフランやボルドー産の赤ワインを加えて色付けしたり、金箔を貼ったスペシャルバージョンまで作られて、贈り物にもされたそう。

そんな古風なジンジャーブレッドが現代のものに近くなってくるのは16世紀になってから…徐々に卵やバターが手に入りやすくなって、パン粉が小麦粉に、蜂蜜が砂糖に代わっていった頃 時の国王ヘンリー8世が健康増進や伝染病対策のため、生姜の摂取を勧めるおふれを出したのです。これを契機にそれまでジンジャーブレッドと呼ばれながらも、必ずしもジンジャーが入るわけではなかったレシピにジンジャーが欠かせないものになっていきました。

そして、その娘であるエリザベル1世は人の形をしたジンジャーマンブレッドを作らせ、自身の恋のお相手や、政治外交上の要人へのプレゼントに使ったと伝わり、それは外交交渉の成否に関わり、女王の恋の行方を左右する?重要アイテムとして活躍したのでした!

当時は木板を彫って作られた木型を使い、大変精緻でリアルな、大人フォルムのジンジャーブレッドが作られていましたしたが、 その傾向は金属の抜き型を使って仕上げられるようになっても引き継がれ、1902年にフランスで描かれたパンデピス 売りの屋台に吊り下げられたパンデピス達もリアルなフォルムをしています。

17世紀 イギリスから植民地アメリカに渡った人々は、故郷を想いながらジンジャーブレッドを焼きました。そんな中 ジンジャーブレッド誕生のきっかけを作った巨漢ヘンリー8世のシルエットを模して生まれたといわれるのが、ふっくらボディーに短め手足の3頭身のジンジャーブレッドマン!

さらに、1875年アメリカで発行された子供向けの雑誌『St.Nicholas Magazine セント・ニコラス・マガジン』にジンジャーブレッド マンが主人公のお話『The Gingerbread Boy』が掲載されると、キャラクター:ジンジャーブレッドマンは一人歩きを始めました…。そのお話はといいますと・・

子供のいない老夫婦がジンジャーブレッド マンを焼いていると、ジンジャーブレッドマンがオーブンから 飛び出して、逃げ出してしまいます。

追いかける老夫婦を振り切り、農夫達も牛も豚も振り切って、どんどん走るも足の速いきつねに捕まって食べられてしまいましたとさ・・・というお話

以下は『The Gingerbread Boy』1875年初版の写しです。挿絵は手書きで描かれモノトーン 走って逃げるジンジャーマンブレッドが描かれていないので、そこは想像を膨らませて…ということでしょうか? *文末に全文全訳を添えますので参考になさってください。

『The Gingerbread Boy』が発表されるとお話は注目を集め、その後たくさんの挿絵画家が独自のジンジャー坊や絵本を発表しています。

それぞれ登場する動物やお話の結末などに変化やアレンジが加えられているものの、ジンジャー坊やはどの子も手足が短く、3頭身ほどのふっくらした体型はほぼ共通…

16世紀のイギリスで「生姜をたっぷり摂取すべし…」とおふれを出してジンジャーブレッド(クッキー)誕生のきっかけを作ったヘンリー8世…イギリスから移民した人たちが、身長182cm、推定体重145kgとされた巨漢の王を偲んで出来上がったキャラクター

『The Gingerbread Boy』のお話誕生から150年 ご本家アメリカでは小学校の教材に取り上げられて、知らない人はいないお馴染みのお話になっています。

『The Gingerbread Boy』は日本でも紹介されています。

『しょうがパンぼうや』

 作・絵 ポール・ガルトン

 訳 ただひろみ

ぽるぷ出版

パンやソーセージなどの主人公が、「食べられてしまうのはご免だょ~」と、逃げたり、転がったり…といった展開の民話はヨーロッパ各地に語り継がれており、『The Gingerbread Boy』もそのようなお話をもとに生まれたと考えられています。

『おだんごぱん』

訳 瀬田 貞二

絵 脇田 和 

福音館書店

*ロシア民話として紹介されていますが、内容や展開がよく似ています。おばあさんの作ったおだんごぱんが逃げ出して…うさぎからも、オオカミからも、熊からも上手に逃げたのに、口のうまい狐には食べられてしまったのです…

『ジョニーのかたやきパン』

作 ソーヤ・ルース

絵 マックエオスキー・スケート

*アメリカで出版された本の和訳

作者はアイルランド人の乳母からたくさんの民話を聞いて育ち、このお話はその時の記憶がもとになっているといわれているそうです。こちらは「かたやきパン」が転がる 転がる …  ハッピーエンドが嬉しいお話

☆ 色々な童話のパロディを組み入れている映画『シュレック』ではジンジャー坊やの「Ginry ジンジー」が登場しています。日本版では「クッキーマン」…

『セント・ニコラス・マガジン』St. Nicholas Magazine 1875年5月号(P.448-449)

THE GIN-GER-BREAD BOY.

Now you shall hear a sto-ry that some-bod-y's great, great-grandmoth-er told a lit-tle girl ev-er so ma-ny years a-go:

There was once a lit-tle old man and a lit-tle old wom-an, who lived in a lit-tle old house in the edge of a wood. They would have been a ver-y hap-py old coup-le but for one thing,―they had no lit-tle child, and they wished for one ver-y much. One day, when the lit-tle old wom-an was bak-ing gin-ger-bread, she cut a cake in the shape of a lit-tle boy, and put it in-to the ov-en.

Pres-ent-ly, she went to the ov-en to see if it was baked. As soon as the ov-en door was o-pened, the lit-tle gin-ger-bread boy jumped out, and be-gan to run a-way as fast as he could go.

The lit-tle old wom-an called her hus-band, and they both ran aft-er him. But they could not catch him. And soon the gin-ger-bread boy came to a barn full of thresh-ers. He called out to them as he went by, say-ing :

“ I've run a-way from a lit-tle old wom-an,

A lit-tle old man,
And I can run a-way from you, I can!” 

さあ、あなたは聞くでしょう、誰かのお婆さんのお婆さんが小さな娘に長い年月の昔からずっと話してきた物語を 
昔、お爺さんとお婆さんが、ある林の傍の古い家に住んでいました。 
2人は、あることを除いてとても幸せな老夫婦でした。

それは子どもが一人もいないことで、子どもをとても欲しがっていました。 
ある日、お婆さんがジンジャーブレッドを焼いていた時のこと、生地を男の子の形に切り抜いてオーブンに入れました。 
間もなく、お婆さんは、焼けたかどうか見ようとオーブンの所へ行きました。オーブンの扉が開くやいなや、小さなジンジャーブレッドの男の子が飛び出し、力一杯に走り出し、逃げていきました。 
お婆さんはお爺さんを呼び、二人で後を追いかけました。しかし捕まえることが出来ません。 
そしてすぐにジンジャーブレッドの男の子は、麦打ちをしている人たちがいっぱいの納屋に行きました。 
そして彼らの傍を行き過ぎながら、こう言って声をあげて彼らに呼びかけました。 
「僕はお爺ちゃんお婆ちゃんから逃げてきた。 君たちからだって逃げてみせるよ」 

Then the barn full of thresh-ers set out to run aft-er him. But, though they ran fast, they could not catch him. And he ran on till he came to a field full of mow-ers. He called out to them :

“I've run a-way from a lit-tle old wom-an,

A lit-tle old man,

A barn full of thresh-ers,
And I can run a-way from you, I can!” 

Then the mow-ers be-gan to run aft-er him, but they could n't catch him.

And he ran on till he came to a cow. He called out to her:                                                                                "I 've run a-way from a lit-tle old wom-an,
A lit-tle old man,
A barn full of thresh-ers,
A field full of mow-ers,
And I can run a-way from you, I can 1" 

But, though the cow start-ed at once, she could n't catch him.

And soon he came to a pig. He called out to the pig:

すると麦打ちをしていた納屋いっぱいの人たちは、ジンジャーブレッドの男の子を追いかけようとしました。しかし、速く走っても捕まえることが出来ません。

そしてジンジャーブレッドの男の子は、麦刈りをしている人たちがいっぱいの畑まで逃げてきました。そして彼らに向かって声を上げて呼びました。 
「僕はお爺ちゃん お婆ちゃんから逃げてきた。 

  麦打ちをしていた人たちから逃げてきた。 

  君たちからだって逃げてみせるよ」 

 

すると、麦刈りをしていた人たちは、ジンジャーブレッドの男の子を後から追いかけ始めました。しかし、捕まえることは出来ませんでした。 
そしてジンジャーブレッドの男の子は牛の所まで逃げてきました。彼は声を上げて牛に呼びかけました。 
「僕はお爺ちゃんお婆ちゃんから逃げてきた。 

  麦打ちをしていた人たちから逃げてきた。 
 麦刈りをしていた人たちから逃げてきた。 
 君からだって逃げてみせるよ」 

しかし、牛はすぐに追いかけ始めましたが、捕まえることが出来ませんでした。 
そしてすぐにジンジャーブレッドの男の子は豚の所まで逃げてきました。

彼は声を上げて豚に呼びかけました。 

"I 've run a-way from a lit-tle old wom-an,                                                                                                 A lit-tle old man,
A barn full of thresh-ers,
A field full of mow-ers,
A cow,―
And I can run a-way from you, I can!" 

But the pig ran, and could n't catch him. a-cross a fox, and to him he called out:                                                                                                   And he ran till he came

"I 've run a-way from a lit-tle old wom-an,
A lit-tle old man,
A barn full of thresh-ers,
A field full of mow-ers,
A cow and a pig,
And I can run a-way from you, I can!" 

Then the fox set out to run. Now fox-es can run ver-y fast, and so the fox soon caught the gin-ger-bread boy and be-gan to eat him up.

Pres-ent-ly the gin-ger-bread boy said: "O dear! I 'm quar-ter gone!" And then: "Oh, I 'm half gone!" And soon: "I 'm three-quar-ters gone!" And at last: "I'm all gone!" and nev-er spoke a-gain.

僕はお爺ちゃんお婆ちゃんから逃げてきた。 
 麦打ちをしていた人たちから逃げてきた。 
 麦刈りをしていた人たちから逃げてきた。 
 牛から逃げてきた。 
 君からだって逃げてみせるよ」 

 しかし、豚は走りました。そして捕まえることが出来ませんでした。そして狐の前を横切る所まで走ってきて、声を上げて狐に呼びかけました。 
「僕はお爺ちゃんお婆ちゃんから逃げてきた。 
 麦打ちをしていた人たちから逃げてきた。 
 麦刈りをしていた人たちから逃げてきた。 
 牛からも豚からも逃げてきた。 
   君からだって逃げてみせるよ」 

 すると、狐は走り出そうとしました。さて、狐はとても速く走ることができるので、狐はすぐにジンジャーブレッドの男の子を捕まえ、食いかかり始めました。 
 間もなく、ジンジャーブレッドの男の子は言いました。「ああ、どうしよう!4分の1がなくなっちゃった!」 そうすると「ああ、半分がなくなっちゃった!」 そしてすぐに「4分の3がなくなっちゃった!」 そして最後に「みんななくなっちゃった!」 そしてもう二度と喋らなくなりました。