修道院で生まれたペファークーヘン 

フランスおよび中央ヨーロッパ地域からローマ帝国が去った5世紀から15世紀までの約1000年を中世と呼びます。

この時代のヨーロッパ各国は政権が不安定で、戦乱が絶えず、繰り返すペストの大流行などもあり、民衆は過酷な生活を強いられ、キリスト教に救いを求めたのでした。

教会や修道院は地域住民の精神的支えとなり、生活指導や教育的活動、さらに医療も担い、病院や薬局を併設してけが人や病人、生活困窮者や孤児をも受け入れて、食事を与え、治療を施しました。

当時修道院はキリスト教の修道生活を送る修道士や修道女の共同生活の場であり、その一日は神への祈りと労働からなり、衣食住のほとんどを自給自足でまかなっていたため、その労働はお菓子を含む食事作り、蜂蜜酒造りやワイン醸造、養蜂、ミツロウを使ったロウソク作り、養鶏、畑仕事、漁や猟、糸を紡ぐところから始まる衣服作り、大工仕事…と、多岐に渡っていました。

そして庭には薬草園をもち、そこで薬草を栽培して薬として用いたのですが、その薬が今で言う『ハーブ』であり、煮出して有効成分を摂取しようとしたのが『ハーブティー』として伝わるものです。

フランクフルト近郊にある旧ベネディクト派修道院跡地には薬草園が復元され、約100種類ほどの薬草が効能別に栽培されています。↓

薬草の中には香りが強く、苦いものも多かったため、摂取しやすい薬を作ろうと、薬草の煎じ液に蜂蜜を加えて『シロップ』がつくられ、13世紀には蒸留酒を造る過程で薬草、さらにレモンやオレンジ、バラなども加えてその成分を溶かし込み、薬草の苦みや匂いを柑橘や花の香りでカバーし、蜂蜜も加えて仕上げる『リキュール』が作られるようになっていきました。

今でこそ食前に、食後に、さらに気分によって愉しまれるカクテルも当時は薬酒!

また、古代ローマや中国から伝来していた麦粉と蜂蜜を合わせて焼いた『蜂蜜パン』に苦い薬草を混ぜて食べやすくする薬草ケーキも考案されます。そこに遠来の体に良いとされるスパイスも加えられ、出来上がったのが『ぺファークーヘン』というわけです。

今では『レープクーヘン』『ジンジャーブレッド』などと呼ばれ、クリスマスの主役スイーツとなっている『ペファークーヘン』も、修道士たちの保存食とされ、民衆の健康を担う薬用食品としてスタートしたのです。

1296年 バイエルン州 ウルム のテーゲルンゼー修道院で書かれた「麦の粉に蜂蜜とスパイスを混ぜて生地を作り、『ペファークーヘン』を焼いた…」とする手稿本が今に残る最も古い記録で、蜂蜜とスパイスの相性がよく、「美味しい!」とたいへん好評を得た『ペファークーヘン』はこの後 修道院つながりで各地に広まっていきます。